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【ゆっくり解説】紳士的アリス・ギア・アイギスのすゝめ 3.5周年振り返り編

比良坂祐介は目眩を覚えていた。手には力が入らない。前に食事をとってからどれほどの時間が経っただろうか。
いつも明るく前向きな妻は妊娠初期に体調を崩した。医者も匙を投げる状態が続いたが、安定期に入る頃にはすっかり元気になっていた。ただ、髪は随分白くなってしまったが。
それでも、結婚前から笑いの絶えない家庭にしようと話していたとおり、そのように過ごしてこれたと思う。そんな妻も、陣痛の中では流石に弱気な発言もあった。
声をかけ、望みを聞くしかできない自分を呪いつつ、ひとり取り残された今、まさに魂が抜けた体だけがここにある。
陣痛室の隅の椅子に腰掛け、うつむいたまま、ただ妻とまだ見ぬ子の無事を祈った。

分娩室の扉が開く音が聞こえ、吊り目の看護師が顔を出す。神妙な表情で、
「比良坂さん、どうぞ」
とだけ言うと、すぐに姿が見えなくなった。不安を煽られ、額の汗を拭いながら、早足に分娩室に踏み込む。
すると、先程呼びに来た看護師とは別のやや丸いシルエットの年配の看護師がにこやかに言った。「元気な女の子ですよ」

医師から手短に説明を受け、まだ処置があるからと分娩室を追い出された祐介は、言いしれぬ息苦しさから解放されたくて、夜間通用口から外に出た。
日はまだ出ていないが、靄がかかって薄っすらと白い。通用口に接している広い駐車場には車が3台だけ停まっている。
自分の軽自動車に近づき、露にまみれた窓ガラスを手で拭うと、設置に苦労した真新しいベビーシートが見えた。そのシートと重なるように映り込んだ自分の顔は滑稽なほど目を腫らしている。
その間の抜けた男の顔がなぜだかとてもおかしく、吹き出すように笑うとまた涙が溢れてきた。
あの看護師さん、なんの問題もなかったなら、あんな顔で呼びに来なくても。
吸った空気は冷たく、瑞々しく、張り付くように乾いた喉が癒やされるのを感じた。

比良坂綾子は驚いた。
すべての処置を終え、看護師に案内され、再び分娩室を訪れた夫の言葉が思いも寄らないものだったからだ。
「この子の名前だけど、『初投稿』にしたいと思う」