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早長八幡宮 秋祭り
今回ご紹介するのは、10月12日に山口県光市室積の早長八幡宮で行われた『早長八幡宮 秋祭り』です。
臨済宗建仁寺派 峨眉山・普賢寺(海難除けの守護仏の普賢菩薩堂と伝雪舟作 枯山水庭園)光市室積
普賢寺(普賢禅寺)は伝では、書写山の性空上人開基とされ、境内寺歴の解説によれば一条帝の御代 寛弘3年(1006年)開基。開山は大林玄侑和尚という方らしい。
元は天台宗でのちに臨済宗に代わった古刹です 御本尊は漁師により海中より引き上げられた普賢菩薩像であり海の難除けの守護仏の寺とされる。ちなみにご開帳は50年に一度だそうです (´・_・`)> 私は絶対拝見できないですね。
伝説では普賢菩薩を拝す願いを持った上人が、夢告に導かれ周防國熊毛郡の室積に来て、海中より引き上げられた普賢菩薩像にまみえ、草庵を建て祀り、後に寺院や普賢堂が建立されたというもの。
性空上人の最晩年の史実と寺伝は境内の解説版でも違っておりその辺は不明。
毛利氏の祈願所として御手普請の寺として寺格も高かった。
現山門(仁王門)は寛政十年(1798年)建立で仁王像と楼上には十六羅漢像が安置されるそうです。
庭園は室町時代の作とされ、大きな正方形の平庭で、三尊石組みの中心にした立石存在感がある。 峨眉山の樹木も取り込んだ庭で、山口県でも最古層になるの枯山水庭園とされるそうです。夏に再訪したら蚊に襲われました注意w
室積の中心の山の峨眉山(樹林は天然記念物)や半島部の先端、周防橋立とも言われる。象鼻ケ岬は
かつて島で、伸びた砂州がつながっり陸繋島となって半島になっている。室積の街並み自体が砂州の上にあるようです。*長くなるので 街並みや、神社や古跡、海の景色は別の機会つくろうかな。
最近参詣した寺院の中でもピカイチでした。
訂正 字幕 お参りの時唱える真言→おんさんまやさとばん です(なおってなかったわw)
普賢寺伝雪舟 枯山水 sm37174525
普賢寺周辺(普賢菩薩対面の松、早長神社、御旅所、みたらい湾) sm37253466
普賢寺周辺〜海商通りと象鼻ヶ岬(2019年) sm35457880
普賢寺(2019年) sm35414670
妙見宮鷲頭寺 (お隣の街〜山口県下松市中市) sm35565588
普賢寺界隈 海商通りの街並みや周防橋立象鼻ヶ岬の旅(山口県光市室積の旅後半)
山口県光市室積 県西部にある景勝地 室積半島にある。室積海岸は海水浴でも賑わうところ。
室積は江戸時代は藩の政策で港を整備され北前船の寄港地として海運業の町として豪商も多く栄えた。
*通称「海商通り」と呼ばれる通りにところどころ昔の町屋やお寺が残る海もすぐそばで景色も良い。
鎮守の早長(はやおさ)神社や性空上人相見の松跡の古蹟などもある(当時の松は焼けてない)
御手洗湾を見渡すみたらい公園には、地元ゆかりの詩や俳句の碑もありました。
復元された江戸時代の御手洗灯篭もなどもありいい景色でした。港町だし道路に猫もごろ寝してたw
室積の中心の山=峨眉山(樹林は国の天然記念物)や半島部の先端、砂嘴(さし=沿岸流で砂などが集まってできた口ばし状の地形)周防橋立とも言われる。象鼻ケ岬があります。
峨眉山はかつて島で、伸びた砂州がつながった陸繋島となって半島化。室積の街並み自体が砂州上にある。現在は完全に陸地化している。
峨眉山には、探索路がついており登山したり散策ができる。大師堂のからみで石像などがあり陽が陰るとちょい不安ですw夏は歩くと暑そうです。1回歩いたことがありますけど虫がw
半島先端には大師堂や幕末海防の砲台お台場跡、灯台などもある(この日夕方なんでいけませんでした)
また、半島の南の断崖の下にある鼓ケ浦海岸はクサフグの産卵場所として保護されています。
残念ながら今年は5月には終わってますが、海岸だけ見学にいいきました。静かですね。知らなかったんですが岩の上?に展望所もあるらしいです。
蛇足ながら
室積湾側本土の高台にあるかんぽの宿光の展望浴場からは室積、御手洗湾がよく見えて日帰り入浴も可能です。少し室積より西の戸仲にある冠天神もオススメです(梅の頃梅林が綺麗です)
普賢寺伝雪舟 枯山水 sm37174525
普賢寺周辺(普賢菩薩対面の松、早長神社、御旅所、みたらい湾) sm37253466
普賢寺周辺〜海商通りと象鼻ヶ岬(2019年) sm35457880
普賢寺(2019年) sm35414670
妙見宮鷲頭寺 (お隣の街〜山口県下松市中市) sm35565588
峨眉山 普賢禅寺(臨済宗)普賢堂 と開山堂 山口県光市室積 令和2年6月
普賢寺(普賢禅寺)は伝では、性空上人開基とされ、境内寺歴の解説によれば一条帝の御代 寛弘3年(1006年)開基。開山は大林玄侑和尚という方らしい。
元は天台宗でのちに臨済宗に代わった古刹です。 御本尊は漁師により海中より引き上げられた象に乗った普賢菩薩像でありその出現のいわれから海難除けの守護仏の寺とされる。ちなみにご開帳は50年に一度だそうです次回は20年後らしい。
普賢堂は豪壮な建物で、まるで神社の拝殿と繋がった本殿見たいない感じに見える大きなもの。
寺伝の伝説では普賢菩薩を拝す願いを持った性空上人が、夢告に導かれ周防國熊毛郡の室積に来て、海中より引き上げられた普賢菩薩像にまみえ、草庵を建て祀り、後に寺院や普賢堂が建立されたというものである。どこまでが史実かは不明。
性空上人の最晩年の史実と寺伝は境内の解説版でも違っておりその辺は不明。実際に上人が来たのかその法門に連なるものか?天台系の僧が開基説話に仮託したものか?
毛利氏の祈願所として御手普請の寺として寺格も高かった。
現山門(仁王門)は寛政十年(1798年)建立で仁王像と楼上には十六羅漢像が安置されるそうです。
2020年6月 再訪。 梅雨の合間に参詣 記録
詳しい方のお話では昔は、周防安国寺だった柳井市伊陸の高山寺の末寺の筆頭だったらしいですね。
普賢寺伝雪舟 枯山水 sm37174525
普賢寺周辺(普賢菩薩対面の松、早長神社、御旅所、みたらい湾) sm37253466
普賢寺周辺〜海商通りと象鼻ヶ岬(2019年) sm35457880
普賢寺(2019年) sm35414670
妙見宮鷲頭寺 (お隣の街〜山口県下松市中市) sm35565588
峨眉山 普賢禅寺 普賢堂の 周辺散策 FUgenji 補遺編 山口県光市室積 令和2年6月
普賢寺(普賢禅寺)は伝では、性空上人開基とされ、境内寺歴の解説によれば一条帝の 御代 寛弘3年(1006年)開基。
サムネは性空上人(普賢菩薩)対面ノ松の石碑
光市室積普賢寺周辺 界隈 散策の補足。
普賢寺山門近くの石碑群と上人対面ノ松の旧跡〜早長八幡宮と御旅所、普賢寺山門先の港の風景。
字幕抜け補足
早長神社=宮ノ崎から現在地へ遷座は江戸時代 寛政元年に現在地へ遷座しています。
秋の大祭は有名で大きな山車が出て賑やかなものだそうです。
2020年6月 再訪。 梅雨の合間に参詣 記録
光市 早長八幡宮!
光市にある早長八幡宮に行ってきました!
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