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今年も盛況裡に総会開催〜大楠公殉節地に立ったその時の奇跡〜
第46回楠公研究会並びに第7回総会、湊川神社・楠公会館にて滞りなく斎了。
この日は終日雨の予報だったのに、私が神戸市内入りすると同時に、その瞬間のみ何故か晴れ渡り、陽の光が燦々と降りそそぎ、先祖のご歓迎を受けた思いだった。
総会・拝殿での正式参拝・通常非公開の殉節地案内の最中も不思議と雨は不思議と全く降らず。
殉節地でこんもりと盛土がされている禁足地を拝した瞬間、正成・正季兄弟が刺し違える瞬間がフラッシュバックした。
幼い頃から親に連れられ何度もお参りしているが、こんな現象は初めてだった。
それと同時に堰を切ったようにドッと雨が降り始めた。
国の現状を見、国を憂う大楠公の涙と感じた。
吉田松陰は遺書「留魂録」で、強烈な志を持った者はたとえ肉体が滅んでも、魂は永遠に生き続け、そうして永遠に日本人の魂の奥底に生き続ける楠公精神こそが七生報國である事を説いている。
かつて吉田松陰はじめ幕末の志士達がそうであったように、私共も大楠公墓碑の前で國體の中興を誓った。
ご参列の皆様誠にありがとうございます。
後ほど、全記録動画は、FB有料会員限定ページにて共有させて頂きます。
日本最北!楠木正成の孫・楠木正勝が開いた寺院「洞春院」と楠公廟
楠木正成の嫡孫で、伊勢楠氏の祖となる楠木正勝が開いた山形県鶴岡市「金澤山 洞春院」へ。
私にとっては初めての東北取材調査となりました。
突然の訪問にもかかわらず、ご住職様には大変ご丁重にご案内、ご教授を頂き、格別のご配慮により、非公開の楠木正勝公自筆の遺言書や自画像のお軸を特別に拝見させて頂きました。
非公開ですので、写真は掲載できませんが、正勝公のお顔から、とても眼光鋭いながらも風格ある大人物であった事が窺われました。
正勝公は、合戦の際に左膝を負傷した事をきっかけに仏門に入り、全国行脚の修行を敢行され、新潟県村上市「耕雲寺」にて「傑堂能勝」と号し、開山開祖となりました。
その後も、出羽三山の周辺地区にあたる東北一帯に於いて、修験の道を行脚し、仏道に勤しまれます。
ここ洞春院には楠木正成公の御霊を奉祀する「楠公廟」が鎮座し、今でも毎年9月1日に、特別開帳が行われています。
ご住職様が仰るには、檀家さん以外では滅多に御朱印を求めに来られる事が無いそうで、私も、自身の身元(正成の嫡孫にあたる・楠公研究会代表者である・楠公研究者である等)を隠してお参りしたので、私の参詣を不思議に思われたとの事。
つい先々週には、奈良県十津川の楠木正勝公墓所にもお参りしたところでしたので、今回の洞春院・楠公廟参詣は、私にとって、最高に意義深き取材調査となり感慨無量。
自身の直接の御先祖と対面した、至極のひと時となりました。
今回も、遠く山形県までお車、宿泊等のご歓迎等、多大のご尽力を賜りました楠公研究会賛助会員・守谷様ご夫妻に、心より厚く深謝御礼を申し上げます。
#歴史 #楠木正成 #子孫
國體護持派と反日勢力との熾烈な死闘
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今秋、1000人超えの大イベントに出演します!
神社本庁所属神主・第25代楠公嫡孫・楠公研究会代表理事・表千家茶道教授者・池坊教授・作家
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▪️ブログ→https://ameblo.jp/chihaya0425/ ▪️YouTube→山下弘枝
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▪️楠公研究会HP→ https://www.nankou-kenkyukai.com/
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【奈良まほろば円舞会】→ https://mahoroba-dance.or.jp/
「まほろば円舞会」は2009年平城遷都1300年祭のプレイベントで、天平衣装を着てワルツ(円舞)を 踊ろうとの発想で生まれ、県庁前回廊特設ステージで始まり,2010年まほろば円舞会実行委員会を設立、平城遷都1300年祭に県民事業として、「2010まほろば円舞会」・なら100年会館大ホールで開催。
2015年秋に「NPO法人まほろば円舞会」を設立。 「まほろば円舞会®」の名称を特許庁に申請、商標登録を取得する。“まほろば円舞会®”
以後、なら100年会館大ホールで毎年開催を経て、2021年13年目を迎えた。
1階席部分使用、ステージ所要時間3時間30分間、18~20ステージ団体が参加。スタッフを入れて「2019まほろば円舞会」では総動員数約1500人の人気イベントとなる。
“「まほろば円舞会」は1幕と2幕で休憩を挟んで3部構成。
1幕は“万葉ダンスファンタジー”・万葉集をテーマにした音楽劇のダンスファンタジー演出。
2幕は生涯学習で学んでいる、子供から高齢者・障がい者が一同に集い、世代やダンスジャンル垣根を越えた、一般市民参加の音楽とダンスの祭典。
楠公祭、無事終わりました 〜湊川神社・湊川の戦い〜
楠公祭本祭、無事、斎了されました。
687年前の旧暦の本日、楠木正成公は、ここ湊川の地にて七生報國を誓い殉節されました。
その後、水戸藩主・徳川光圀公によってこの地に「嗚呼忠臣楠子之墓」墓碑が建立され、幕末に維新の志士らの崇敬の対象地となりました。
大東亜戦争末期には、楠公の精神を背負った英霊による菊水作戦、則ち沖縄特攻のもと、七生報國の鉢巻を巻き、護国の英霊が散華された事は記憶に新しいところです。
戦後GHQにより、大和魂の根源というべき楠公精神は封印されましたが、民族の尊厳として、この精神を後世に伝えていく事の必要性を尚一層、強く感じております。
楠公祭では、本殿での神事に引き続き、神能殿にて柳生新陰流兵法による演武と楠公歌の会による奉納、直会があり、多くの方々がご参列くださり、大いに賑わいました。
昨日今日と素晴らしい晴天に恵まれ、大楠公の神恩に感謝すると共にご参列くださいました皆様の楠公崇敬の思いに、深く感動しております。
まずは、無事の祭典斎了のご報告と御礼とさせて頂きます。
今後共、楠公嫡孫として精進して参りますので、引き続き、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
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#楠木正成 #末裔 #南北朝
第41回楠公研究会『建武中興と楠木正成の真実』出版記念講演会in靖国(令和5年2月25日 於:靖國会館「偕行の間」)
00:28 国家斉唱
01:45 来賓紹介
02:26 主賓・稲田朋美元防衛大臣 祝電披露
04:00 共催者・株式会社青林堂代表取締役社長・蟹江幹彦様 ご祝辞
05:42 来賓挨拶・靖國八千代食堂オーナー・高取宗茂様 ご祝辞
14:35 来賓挨拶・沖縄県議会議員・又吉清義様 ご祝辞
19:45 来賓挨拶・桜井の駅陣宿・清水家末裔・倉田美春様 ご祝辞
21:28 山下弘枝 講演
43:44 懇親会 於:不二楼4階BAR(通常入室不可)
第41回楠公研究会『建武中興と楠木正成の真実』出版記念講演会in靖国、約100名の方々にご出席頂き、満員御礼の大盛況裡にて開催させて頂きました!
主賓の稲田朋美代議士は、沖縄からの飛行機が天候による遅延により間に合わず、代理として大河内公設秘書がご臨席くださいました。
ここ大舞台を無事に終える事ができましたのは、ひとえにお支えくださる皆様のお陰様と、感謝に絶えぬ思いでございます。
Amazon歴史部門ベストセラーとして、拙著『建武中興と楠木正成の真実』連日上位ランキング入りを継続し続けており、大好評!
楽天等では売り切れ続出!
拙著は約80年かけてGHQが作り上げてきた自虐史観を思いっきり粉砕する内容となっております。
その為、私、現在、左翼陣営からの多くの圧力を受けております。
攻撃上等!戦い続けます!
つきましては、お志あられる皆様、ぜひ、沢山、お買い求め頂き、広く拡散のご協力を宜しくお願い申し上げます!
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靖国神社正式参拝に引き続き、当日の講演会の一部、Ban(多分大丈夫だと思います□)にならない程度に緩くしたものを一般公開しておりますので、是非、来賓の皆様、そして、私のド迫力のスピーチ、講演をご覧頂けましたらと存じます。
私の講演をご覧になられた皆様、一様に、見た目は可愛らしい女性だが、中身は何故か男性、しかも武将で、間違って女性に生まれてきてしまった、とご感想を頂き、光栄な限りでございます。
https://youtu.be/uNNuZo_BpIQ
懇親会は、八千代食堂オーナー・高取様の格別のご厚意にて、茅場町「不二楼」様の4階を貸切頂き、とても珍しい絶品の熟成寿司を有難く頂き、楽しい懇親の場となりました。
高取様のご配慮に、心より厚くお礼申し上げます。
#歴史 #わかりやすく #南北朝時代
湊川の戦いを楠寺のご住職に解説いただきました
一般社団法人楠公研究会。
毎日投稿チャンネルです。
※マスクを外して飲酒会食を楽しもう。
西山飲酒会食俱楽部
https://nohohondensha.jimdosite.com/
2月26日14時。残席5名。新規提案も募集中!
首都圏以外の方ご相談ください。
※以下、ご理解をお願いします。
当サイトの動画は私個人の感想や意見を述べており必ずしも真実ではありません。
独自の考え方、切り口を示す事により視聴者様の思考を促進する事を目的としています。
宜しくご理解ください。
また当サイトでは本音を喋っており善人を気取るつもりはありません。
視聴して不愉快になられる方はご視聴をお控えください。
もう一点、当サイトで公開している内容に著作権はありません。
知名度に関わらず自由にご発言ください。
ご意見、ご要望、ご感想やご提案はアメブロやツイッターでも受け付けています。
https://ameblo.jp/nohohondensha/
https://twitter.com/nohohondensha?lan...
封印された楠木一族たちの謎に迫る ~四條畷の戦い、その後~【一般公開版】
高槻安満北の町旧西国街道沿いにある浄土真宗本願寺派の寺院「浄誓寺」は、観応元年(1350年)、楠木正成の甥・楠木正頼が後醍醐天皇の勅により創建した由緒ある寺です。
楠木正頼(1313~1387)は、楠木正玄(楠木正成の父、別名:楠木左衛門少尉、和田五郎、楠木正遠、楠木正澄等)の三男。阿間了願と同一視される。
正頼は、後醍醐天皇から下賜された阿弥陀仏を祀り天野山金剛寺にて剃髪し、阿間と改姓、名を「了願」と改め、本願寺の覚如上人に帰依しました。
元中四年(1387)8月死去。75歳。
楠正行の武将として働いた阿間了願と同一人物と推測されています。
了願は、四條畷の戦いにて、主君・楠木正行の最期に立ち会い、正行より『わが首を敵に取らしむる勿れ』と遺命を受け、主君の首級を携え吉野に遁走、足利の軍勢に遮られ、宇治・六地蔵の正行寺に首級を埋葬した安間了意の父にあたる人物と思われる(諸説有り)
安満山の南麓で檜尾川を挟んで磐手社神社の前の場所で落ち着い佇まいです。
1634年に本堂が焼失しましたが、1739年に再建され、その後も大切に守られてきました。
境内には大きな銀杏があり紅葉でも隠れた名所となっています。
#楠木正行 #桜蘭記 #楠木一族ゆかりの寺現地取材
第32回楠公研究会「伊勢楠氏始祖・楠木正重の足跡を訪ねて ~北伊勢大神宮 多度大社奉納の宝刀『正重』特別拝観~」【一般公開版】
大楠公殉節の日である7月12日(現暦換算)、第32回楠公研究会「伊勢楠氏始祖・楠木正重の足跡を訪ねて ~北伊勢大神宮 多度大社奉納の宝刀『正重』特別拝観~」、多度大社に於いて盛会裡に開催させていただきました。
多度神社別宮 一目連神社の御祭神であり絶大なる
御神威を誇る天目一箇神が神殿からお出ましになられ御神威を発揮される際に雷が轟く、と多度大社で伝わりますが、当日私が到着すると同時に、晴れ間に雲が湧き立ち、正式参拝の間、激しい雷雨、雷鳴に包まれました。
参拝後にご講話をくださった多度大社の平野直裕禰宜からは、天目一箇神のお出ましに際し雷が轟く事象についてご教授頂き、「天目一箇神様が、皆様を大いに御歓迎くださっている」とお言葉を賜りました。
正式参拝終了後は、何も無かったかのように雨が上がり晴れ間が出た事も、御神業としか言い得ぬ現象と感じました。
多度大社でも、ほとんど経験の無い激しい雷雨であったそうで、参列者一同、神憑りとも思える、到着と同時のこの出来事に、大いに感動されておられました。
講話後、茅の輪くぐりをさせていただいた後、格別の多度大社様のご厚意により、非公開の宝物殿をお開け頂き、重要文化財や県文化財を始め非常に貴重な宝物を拝観させていただきました。
また、同じく県文化財の御神刀『村正』『正重』も特別に間近に拝観させていただきました。
尚、『正重』とは、前述の通り、楠木正成の玄孫・楠木正重が楠木家の再びの興隆を祈願し、自身の地盤とした伊勢治田に近い多度大権現(現・多度大社)を崇敬した、という楠氏一族顕彰史に繋がっていく訳です。
通常は、博物館等のガラス越しでしか拝観できぬ貴重な御宝物を、目前にて拝見させていただきました事に、一同、手が震え、胸が高鳴り、言葉に表せぬ感動に包まれました。
宝物殿特別拝観後は、天津彦根命を祀る正宮 多度神社と、天目一箇神を祀る別宮 一目連神社に参拝、格別の御丁重なるご対応を賜りました。
研究会終了後の帰還時には、多度山に連なる鈴鹿山脈に、雄大な白龍神の雲龍が出現され、我々をお見送りくださった事に、心からの感動に一同震えました。
この度の研究会では、多度大社様の格別なるご厚遇のお陰を以て、決して他では、そして2度とは経験させていただけぬ貴重な回となりました。
多くの温かいご配慮、御心遣いを賜りました多度大社様に、厚く深く御礼申し上げます。
そして、遠くは関東から、お足元のお悪い中、お越しくださいました皆様に、心より深謝申し上げます。
また、ご公務でご多忙の中お越しくださいました弊会顧問で堺市議会議員・西川良平先生、桑名市議会議員・倉田明子先生の両先生方に、重ねて厚く御礼申し上げます。
神戸ともみ組発足記念式典 併山下弘枝会長誕生日会
令和2年10月4日、大楠公御殉節地・湊川神社にて神戸ともみ組繁栄祈願祭、併せて、湊川神社楠公会館にて、神戸ともみ組発足記念式典併山下弘枝会長誕生日会を開催致しました。
当日は、新型コロナ禍という困難な中にあって、70名という大勢の同志の方々にお越し頂きました事、心より篤く御礼申し上げます。
大勢の出席となりましたので、密防止等コロナ対策は厳重にし、行いました。
御来賓として、衆議院議員・盛山正仁先生、参議院議員・加田裕之先生、参議院議員・末松信介先生(代理)、兵庫県議会議員・黒川治先生、兵庫県議会議員・橘秀太郎先生を始め、多くの国会議員、県議会議員、市議会議員、財界や学界等各界でご活躍の皆様にお越し頂き、光栄でございました。
式典の始めに当たり、湊川神社御本殿にて、一同正式参拝し、神戸ともみ組の今後の発展を大楠公に祈願申し上げました。
正式参拝後は、湊川神社楠公会館にて、発足記念式典と題し、衆議院議員・稲田朋美代議士の記念講演を頂きました。
また引き続いて、当日10月4日に誕生日を迎える神戸ともみ組会長にして大楠公第25代嫡孫たる山下弘枝会長の誕生日会も開催。
稲田代議士を始め、出席者の多くの方々から山下会長へプレゼントを渡されました。
式典終了後は、稲田代議士を大楠公墓碑と大楠公殉節地へご案内させていただきました。
遡る事150年前、同じくこの地で、吉田松陰先生は涙を流され、國體の中興を誓われました。
そして、今、大楠公から維新の志士、そして大楠公末裔・山下会長を介して稲田代議士へと、大楠公が目指された國體中興の理念は引き継がれました。
これより、山下家祖の日本最大武神にして軍神・大楠公の御神威のあらん限りを以て、稲田代議士の国家大業をお助けさせていただきます。