「大詔を拝し奉りて」東條英機首相 大東亜戦争開戦演説 1941年(昭和16年)12月8日

「大詔を拝し奉りて」東條英機首相 大東亜戦争開戦演説 1941年(昭和16年)12月8日

1941年12月8日未明、ハワイ、オアフ島真珠湾を大日本帝国海軍の機動部隊が急襲、ここに大東亜戦争の火ぶたが切って落とされました。昭和天皇の名に於いて「対米英宣戦の詔勅(米國及英國ニ對スル宣戰ノ詔書)」が渙発されたことを受け、同日午後7時過ぎ、第40代内閣総理大臣、外務、内務、文部、商工、陸軍大臣兼任の大日本帝国陸軍大将、東條英機が「大詔を拝し奉りて」(たいしょうをはいしたてまつりて)と題したラジオ演説を行いました。この模様は日本ニュース第79号に映像が残っております。極東国際軍事裁判によってA級戦犯とされ、絞首刑に処された東條英機を初めとする7人の遺骨は連合国の厳しい監視を密かにくぐりぬけて持ち出され、有志の手で愛知県の三ヶ根山山頂に殉国七士廟が建立され、祀られています。毎年4月29日(昭和の日、昭和天皇の誕生日)には廟の墓前祭が一般社団法人殉国七士奉賛会の主催で挙行されています。殉国七士廟 一般社団法人殉国七士奉賛会ホームページ  http://ki43.on.coocan.jp/index.html

http://www.nicovideo.jp/watch/sm36628857