【夢野久作 傑作選】鉄槌(かなづち)

【夢野久作 傑作選】鉄槌(かなづち)

――ホントウの悪魔というものはこの世界に居るものか居ないものか――――居るとすればその悪魔は、どのような姿をしてドンナ処に潜み隠れているものなのか――――その悪魔はソモソモ如何なる因縁によって胎生しつつ、どのような栄養物を摂とって生長して行くものなのか――――その害悪と冷笑とを逞ましくし行く手段は如何――斯様かような質問に対して躊躇ちゅうちょせずに答え得る人間は、そう余計には居るまいと思う。然るに私はまだヤット二十歳はたちになったばかしの青二才である。だから聖人でも哲学者でもない筈であるが、しかしこの問いに対しては明白に答え得る確信を持っている。――ホントウの悪魔とは、自分を悪魔と思っていない人間を指して云うのである――自分では夢にも気付かないまんまに、他人の幸福や生命をあらゆる残忍な方法で否定しながら、平気の平左で白昼の大道を濶歩して行くものが、ホントウの悪魔でなければならぬ。――――だから真個ほんとの悪魔というものは誰の眼にも止まらないで存在しているのだ――――そのような悪魔の現実社会に於ける生活とか、仕事とかいうものが如何に戦慄すべきものがあるかという事なぞも、滅多に考えられた事がないのだ――……と……。「彼奴あいつは悪魔だ。お前と俺の生涯をドン底まで詛のろって来た奴だ。今度彼奴に会ったら、鉄鎚かなづちで脳天を喰らわしてやるんだぞ。いいか。忘れるなよ」親父おやじは私にこう云って聞かせるたんびに、煎餅蒲団せんべいぶとんの上で起き直った。蓬々ぼうぼうと乱れた髪毛かみと髯ひげの中から、血走った両眼をギョロギョロと剥むき出して、洗濯板みたいに並んだ肋骨あばらぼねを撫でまわしてゼイゼイゼイゼイと咳せきをした。そのうちに昂奮して神経が釣り上って来ると、その悪魔が眼の前に坐っているかのように、鼻の先の薄暗い空間を睨み付けてギリギリと歯ぎしりをしながら、骨と皮ばかりの手を振り上げて鉄鎚をグワンと打ちおろす真似をして見せる事もあったが、その顔の方がよっぽど恐ろしくて、活動に出て来る悪魔ソックリに見えたので、私はいつも子供心に一種の滑稽味を感じさせられた。親父は悪魔を取り違えているのじゃないか知らんと思って…………★文字起こし: http://urban-legend.tsuvasa.com/kanaduchi-yumenoqsaku

http://www.nicovideo.jp/watch/sm38014243