タリバン戦闘員の葬式

タリバン戦闘員の葬式

ワジリスタンのオクラザイ管区にて。今でこそ多民族化しているものの、当初はパシュトゥーン民族運動としての側面が強かった。パシュトゥーン人は内戦で国境線を跨いで隣国パキスタンのパシュトゥーン人地域であるワジリスタンに逃れた人が多く、そこの難民キャンプの人々がタリバンに参加していたとされる。アフガニスタンの最大民族かつ狭義のアフガン人であるパシュトゥーン人の居住地域は、19世紀末イギリスとの取り決めにより定められた植民地インドとアフガンの国境線「デュアランド・ライン」に跨っており、これが今においてもパキスタン-アフガン国境線として存続し、パシュトゥーン人の分断は紛争の大きな要因となっている。タジク人やウズベク人が多数を占める政府軍は、タリバン兵にはワジリスタン出身者が多いど主張して、パキスタンを非難している。実際にパキスタンで行われるタリバン兵の葬式の記録がネット上において散見され、政府軍の主張は事実である可能性が高い。が、今更政府が行っているナショナリズム高揚政策は、軍の民族バランスの明らかな偏り、人工的な国境線による民族分断、多民族国家、貧困、傀儡化といった問題を孕んでおり、タリバンのイスラム主義と比べてパシュトゥーン人やその他地方住民に対する説得力は低いと考えられる。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm39023320