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【蜂蝶】越前国敦賀城 令和4年(2022) 晩春
2022年の4月中旬、福井県敦賀市にある敦賀城跡を訪れました。
天正11(1583)年、羽柴秀吉の家臣だった蜂屋頼隆が敦賀の地に入り三層の天守を持つ敦賀城を築城しました。
蜂屋頼隆には子がなく断絶となり、代わりに大谷吉継が5万石の城主として敦賀城に入城しました。
関ヶ原の合戦で大谷吉継が戦死し敦賀城も没収となり、元和2(1616)年に一国一城令により、敦賀城は破却されました。
江戸時代には城跡に敦賀の代官が置かれたようですが、現在、城の遺構はほとんど見られません。城跡の北西の真願寺に城跡碑と城の礎石があります。
お城→mylist/37297571
【金ヶ崎崩れ】越前国天筒山城 令和4年(2022) 晩春
2022年の4月中旬、福井県敦賀市にある手筒山城跡を訪れました。
築城時期等は分かりませんが、 治承・寿永の乱(源平合戦)の時、平通盛が木曾義仲との戦いのために金ヶ崎城を築いた時に築城されたものと思われます。
南北朝時代の新田氏と足利氏の戦いがあり、戦国時代は朝倉氏の城でしたが、織田信長の越前侵攻に
より落城しました。
敦賀湾の東の標高171mの手筒山に築かれた山城で、曲輪跡や堀切の跡等を確認することができます。山頂からは金ヶ崎城や敦賀湾・敦賀の街を一望でき、水の手があれば、敦賀を抑えるのは金ヶ崎城ではなく、この山城だと実感しました。
お城→mylist/37297571
【金ヶ崎崩れ】越前国金ヶ崎城 令和4年(2022) 晩春
2022年の4月中旬、福井県敦賀市にある金ヶ崎城跡を訪れました。
治承・寿永の乱(源平合戦)の時、平通盛が木曾義仲との戦いのためにここに城を築いたのが始まりと伝えられます。
延元元年(1336)、足利尊氏の入京により恒良親王、尊良親王を奉じて北陸落ちした新田義貞が入城も、翌年の3月3日、足利方が城内に攻め込み、兵糧攻めによる飢餓と疲労で城兵は次々と討ち取られ、尊良親王(たかよししんのう)、新田義顕(にったよしあき・義貞嫡男)、城兵300名は城に火を放ち自害、恒良親王(つねよししんのう)は捕縛され、3月6日、落城しました。
戦国時代には、朝倉氏一族の朝倉景恒(あさくらかげつね)が城主でしたが、織田信長の越前侵攻に開城しました。その直後、近江の浅井長政が朝倉に助力することになり、織田信長は近江朽木を通り撤退しました。
敦賀湾に突き出した海抜86mの小高い丘(金ヶ崎山)に築かれた山城で、月見御殿(本丸)跡、木戸跡、曲輪、堀切などが残り、1934年には国の史跡に指定されています。
お城→mylist/37297571
【ずんだもん解説】ずんだもんと学ぶ"日本のお城"と"お城めぐり"
お城好きのずんだもんが、日本の城とお城めぐりについて
専門用語をできる限り使わずに解説します。
お城めぐりもっと流行れ・・・流行れ・・・・・
次回から、実際にお城めぐりした様子をお送りする予定。
★★お城めぐり動画できました→sm40464743
◆お城、お城めぐりに関する情報サイトはこちら
公益財団法人日本城郭協会
http://jokaku.jp/
城びと | お城を知って、巡って、つながるサイト。
https://shirobito.jp/
攻城団 - 日本全国のお城を検索できて訪問履歴が残せるサイト
https://kojodan.jp/
お城めぐりFAN - 観光日本の城
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ニッポン城めぐり-位置情報アプリで楽しむ無料のお城スタンプラリー
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お城EXPO ・・・毎年年末に開催されるお城に関する展覧会
http://www.shiroexpo.jp/
◆日本100名城・続日本100名城の情報サイトはこちら
日本100名城® | 公益財団法人日本城郭協会
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続日本100名城 | 日本100名城® | 公益財団法人日本城郭協会
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日本百名城塗りつぶし同好会
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Twitter:https://twitter.com/Grand_Ophie
【今孔明】美濃国菩提山城 令和4年(2022) 仲春
2022年の3月下旬、岐阜県不破郡垂井町にある菩提山城跡を訪れました。
永禄2(1559)年、前年に 岩手弾正を滅ぼた竹中重元が菩提山に菩提山城を再構築しました。
永禄3(1560)年、重元が病没し、子の重治(半兵衛)が家督を継ぎ城主となります。
天正7(1579)年、 重治が播磨三木城攻め(三木合戦)の陣中にて病没し、子の重門が家督を継ぎ城主となりましたが、慶長5(1600)年、重門は関ヶ原の戦いにて東軍につき、徳川家康に菩提山城を提供し、戦後は麓の竹中氏陣屋に居を移し、菩提山城は廃城となりました。
関ヶ原の古戦場の北東に位置し、標高402mの菩提山の山頂に主郭等が構築されました。土塁や竪堀、曲輪も良好に残っており、本曲輪からは名古屋や岐阜の街まで一望できます。
お城→mylist/37297571
【ゆっくり解説】神社にあった・・・らしい 二宮城を解説 超マイナーな城
今回は東京都あきる野市にある、二宮城(にのみやじょう)を解説します。
城跡及び、神社は東京都の指定旧跡にしていされているそうです。
00:00 本編
03:46 余談 ED
解説マイリス
https://www.nicovideo.jp/mylist/72743661
小話マイリス
https://www.nicovideo.jp/mylist/72657168
※動画内で使用している城跡の写真は、撮影者の方からの使用許可を得ています。
YouTubeでも投稿してます。こっちの方が投稿早いです。
チャンネル登録していただけると嬉しいです。
https://www.youtube.com/channel/UCOOgPXa4NZUNzjesM84XbVQ
【岩手】美濃国竹中陣屋 令和4年(2022) 仲春
2022年の3月下旬、岐阜県不破郡垂井町の竹中陣屋跡を訪れました。
天正16(1588)年、竹中半兵衛の息子である竹中重門が菩提山城の山麓に岩手城を築きますが、江戸時代になり、竹中氏は不破郡岩手6000石の旗本となり城持ちとなることができなかったので、城は陣屋と呼ばれることになりましたが、幕末まで竹中氏が代々領主となりました。
陣屋とはいえ、水堀の一部と石垣が残り、また櫓門も現存しており、見所の多い貴重な陣屋となっています。
動画の後半では、竹中半兵衛が松寿丸(後の黒田長政)を匿った伝説を伝える五明稲荷神社と、竹中氏の前の領主である岩手氏の館跡も訪れています。
お城→mylist/37297571
2022春 墨俣一夜城の前にて
YouTube版→https://youtu.be/Z9Y36gjkP0g
敷地自体はそんなに広い訳ではないんですが、こう見ると威風堂々とした風格が。
一夜城までの桜並木→sm40267190
【名のために】美濃国垂井城 令和4年(2022) 仲春
2022年の3月下旬、岐阜県不破郡垂井町の垂井城跡を訪れました。
築城年代等ははっきりしていませんが、今須領主(鎌倉氏族)長江氏の一族の長屋景頼が、垂井の領主になってから築かれたとされています。
天文年間に長屋景興が相羽城に居を移したが、1547年(天文16年)に斎藤道三の侵攻により相羽城で景興が戦死し、長屋氏は没落。この時に垂井城も廃城もしくは機能が大きく損われたとされているようです。
その後、1600年(慶長5年)に平塚為広が垂井領1万2千石で入封すると、垂井城を居城として整備拡張したと思われるが、同年の関ヶ原の戦いで為広が討死したため廃城となりました。
遺構は分かりませんが、専精寺境内が城跡と推定されており、城跡碑と城主・平塚為広公の句碑が建っています。
動画の後半では、足利尊氏に所縁のある長屋氏屋敷跡も訪問しています。
お城→mylist/37297571
【ゆっくり解説】関東の根小屋式城郭の代表! 津久井城を解説
今回は神奈川県相模原市にある、津久井城(つくいじょう)を解説します。
00:00 本編
11:23 余談 ED
解説マイリス
https://www.nicovideo.jp/mylist/72743661
小話マイリス
https://www.nicovideo.jp/mylist/72657168
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※動画内で使用している城跡の写真は、撮影者の方からの使用許可を得ています。
【ゆっくり解説】会議するもどうにもならんかった・・・。 小松城を解説 超マイナーな城
今回は神奈川県相模原市にある、小松城(こまつじょう)を解説します。
サムネのネコは城とはあんまり関係ありません。
00:00 本編
05:42 余談 ED
解説マイリス
https://www.nicovideo.jp/mylist/72743661
小話マイリス
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【豊場】尾張国溝口城 令和4年(2022) 初春
2022年の2月上旬、愛知県西春日井郡豊山町にある溝口城跡を訪れました。
築城年代等ははっきりしていませんが、天正初期(1573年頃)に溝口氏の一族である溝口富之助が築城したとされているようです。
遺構はなく、城跡碑等もありませんが、濃尾平野に築かれた平城だったと思われます。
城跡の訪問後、近くにある八所神社と溝口氏の菩提寺である常安寺にも寄っています。
城跡は30秒くらいでほとんど周囲の散策となっていますが、八所神社は伊藤萬蔵氏寄贈の石碑等があり特におすすめです。
今回は新型ウィルス流行中の影響もあり、自宅の近くの城跡を自転車で巡っています。
お城→mylist/37297571
【ゆっくり解説】言い伝えのみが残る城 阿伎留城を解説 超マイナーな城
今回は東京都あきる野市にある、阿伎留城(あきるじょう)を解説します。
00:00 本編
03:28 余談 ED
解説マイリス
https://www.nicovideo.jp/mylist/72743661
小話マイリス
https://www.nicovideo.jp/mylist/72657168
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※動画内で使用している城跡の写真は、撮影者の方からの使用許可を得ています。
【功嶽】尾張国如意城 令和4年(2022) 初春
2022年の2月上旬、愛知県名古屋市にある如意城(にょいじょう)跡を訪れました。
築城年代等はっきりしていないようですが、明徳年間(1390〜1394)頃に南朝方の越中・木舟城の石黒重行が敗れて当地に来て、長谷川氏と名乗り、斯波氏に仕えて館を構えたのが城の始まりのようです。
戦国時代には子孫の石黒重成が天正12(1584)年の小牧・長久手の戦いで織田信雄・徳川家康連合軍に加わり、小牧より先陣を率いて、旗を藤山に建て、武功をあげたと伝わります。
城跡は瑞應寺の北東一帯にあったされ、その辺りに石黒氏が後に名乗った姓の豪邸があったので、城跡がそのまま子孫の方のお宅になっているのかもしれません。
今回は新型ウィルス流行中の影響もあり、自宅の近くの城跡を自転車で巡っています。
お城→mylist/37297571
【ゆっくり解説】武田軍との激戦! 滝山城を解説
今回は東京八王子市にある、滝山城(たきやまじょう)を解説します。
今回はマイナーな城ではない(はず)です。
00:00 本編
12:10 余談 ED
解説マイリス
https://www.nicovideo.jp/mylist/72743661
小話マイリス
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【ゆっくり解説】上杉、武田に備えた城 片倉城を解説 超マイナーな城
今回は東京八王子市にある、片倉浄(かたくらじょう)を解説します。
今度は夜に行ってみようかな
00:00 本編
06:30 余談 ED
解説マイリス
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小話マイリス
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【鉄鉢袋】尾張国比良城 令和4年(2022) 初春
2022年の2月上旬、愛知県名古屋市にある比良城跡を訪れました。
天文年間(1532 - 1555)に織田信長の家臣の佐々成政の父である佐々成宗によって築かれたとされ、天正3(1575)年に成宗の子、成政が越前府中に在城を命ぜられた際、廃城になったと考えられています。
現在の光通寺一帯が城跡で、東西75メートル、南北80メートルの規模であったと伝わります。
動画の始めには、比良城の近くにある織田信長が大蛇を探した逸話で有名な蛇池にも立ち寄っています。
今回は新型ウィルス流行中の影響もあり、自宅の近くの城跡を自転車で巡っています。
お城→mylist/37297571
【ゆっくり解説】平山氏が住んでいた・・・らしい 藤橋城を解説 超マイナーな城
今回は東京青梅市にある、藤橋城(ふじはしじょう)を解説します。今回もマイナーな城の解説です。動画の半分近くが余談になっちゃいました。
00:00 本編
03:28 余談 ED
解説マイリス
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小話マイリス
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【塙直政】尾張国大野木城 令和4年(2022) 初春
2022年の2月上旬、愛知県名古屋市にある大野木跡を訪れました。
築城年代等は不明ですが、織田信長の家臣の塙直政(ばんなおまさ)の城でした。
塙直政は織田信長の畿内進出で畿内3ヶ国に支配圏を持ち、九州の名族の原田姓を信長から与えられる等、有力な武将でしたが、天正4年(1576年)、石山本願寺との合戦で討ち死にしました。
庄内川の近くにあった平城だったようで、遺構は残っていませんが、城跡は福昌寺(ふくしょうじ)となっており、塙団右衛門の生母の墓があります。
今回は新型ウィルス流行中の影響もあり、自宅の近くの城跡を自転車で巡っています。
お城→mylist/37297571
ゆっくり解説】色々な名を持つ城!浄福寺城を解説 超マイナーな城
今回は東京八王子市にある、浄福寺城(じょうふくじじょう)を解説します。今回もマイナーな城の解説です。
00:00 本編
04:15 余談 ED
解説マイリス
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小話マイリス
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【ゆっくり解説】実は城だった!小田野城を解説 超マイナーな城
今回は東京八王子市にある、小田野城(おだのじょう)を解説します。今回もマイナーな城の解説です。
00:00 本編
04:50 余談 ED
解説マイリス
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小話マイリス
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【ゆっくり解説】城主一族消息不明!? 今井城を解説 超マイナーな城
今回は東京都青梅市にある、今井城(いまいじょう)を解説します。今回もマイナーな城の解説です。
00:00 本編
03:44 余談 ED
解説マイリス
https://www.nicovideo.jp/mylist/72743661
小話マイリス
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【蜀魂】尾張国九之坪城 令和4年(2022) 初春
2022年の2月上旬、愛知県北名古屋市にある九之坪城跡を訪れました。
築城年代等は不明ですが、織田信長の家臣で、桶狭間の戦いで今川義元の本陣の位置の情報を掴み、織田軍の勝利に貢献したとされる簗田政綱(やなだまさつな)の城と伝わります。
周囲は濃尾平野の真っ只中の平地であり、平城だったと思われます。遺構はありませんが、北名古屋市 高齢者活動センターふれあいの家の前に城跡碑があり、西城屋敷という地区に地主の方の好意で盛土が残され城跡を示すように大きな石が置かれています。桶狭間の戦いでの勝利に大きく貢献した簗田政綱がこの辺り一帯を領して城館を構えていた場所と思うと感慨深いものがありました。
また、南にある松元院には戦国時代に里村紹巴が訪れており、簗田政綱の息子(広正?)が紹巴をもてなし、紹巴が「蜀魂 声うへ渡す 門田かな」と歌を残しており、その歌碑がありました。
今回は新型ウィルス流行中の影響もあり、自宅の近くの城跡を自転車で巡っています。
お城→mylist/37297571
【ゆっくり解説】伝承でのみ語られる城 三田氏館を解説 超マイナーな城
東京都国立市谷保の三田氏館(みたしやかた)を解説します。今回もマイナーな城の解説になります。 余談が思っていたよりも長くなっちゃいました。
00:00 本編
05:21 余談 ED
解説マイリス
https://www.nicovideo.jp/mylist/72743661
小話マイリス
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※動画内で使用している城跡の写真は、撮影者の方からの使用許可を得ています。
【ゆっくり解説】妖怪伝説がある!? 高月城を解説 超マイナーな城
今回は東京都八王子市高月町にあったとされる、高月城(たかつきじょう)を解説します。
この城もかなりマイナーな城だと思います。
解説マイリスト
https://www.nicovideo.jp/mylist/72743661
小話マイリスト
https://www.nicovideo.jp/mylist/72657168
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00:00 本編
04:30 余談 ED
【織田筆頭家老】尾張国沖村城(林通勝邸跡) 令和4年(2022) 初春
2022年の2月上旬、愛知県北名古屋市にある沖村城跡(林通勝邸跡)を訪れました。
築城年代等は不明ですが、織田信長の筆頭家老だった林秀貞(林通勝)の館跡と伝わります。
松林寺の西隣に林通勝邸跡の碑がありますが、城跡や館跡の遺構は残念ながら見当たりません。
城跡は石碑の場所から北へ50m程の所だったとの情報や西等の情報もネット上にありましたが、詳細は不明です。
周囲は濃尾平野の真っ只中の平地であり、平城だったと思われます。遺構はありませんが、林秀貞がこの辺り一帯を領して城館を構えていた場所と思うと感慨深いものがありました。
また、松林寺の南には沖村の偉人である高田知文翁の像もあり(大正から昭和にかけて沖村から九之坪まで道を造った方だそうです)、沖村の歴史も知ることができました。
今回は新型ウィルス流行中の影響もあり、自宅の近くの城跡を自転車で巡っています。
お城→mylist/37297571
【ゆっくり解説】超マイナーな城(?) 初沢城を解説
解説動画もupしていきます。楽しんでいただければ嬉しいです。
今回は東京都八王子市にあったとされる、初沢城(はつざわじょう)を解説します。
タイトルに超マイナー、とかつけてますが、私がマイナーだと思っただけです。
解説マイリスト
https://www.nicovideo.jp/mylist/72743661
小話マイリスト
https://www.nicovideo.jp/mylist/72657168
YouTubeでも投稿してます。こっちの方が投稿早いです。
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https://www.youtube.com/channel/UCOOgPXa4NZUNzjesM84XbVQ
00:00 前置き
00:30 本編
04:38 余談 ED
【副将軍】常陸国水戸城 令和4年(2022) 仲冬
2022年の1月上旬、茨城県水戸市にある水戸城跡を訪れました。
平安時代末期に馬場資幹が築いた馬場城が起源と考えられ、その後、江戸氏が城主となり、
戦国時代末期には佐竹義宣が入城し、城名を水戸城に改めました。
江戸時代には徳川御三家の一つの水戸徳川氏の居城となり、明治になり廃城しました。
城は河岸段丘である水戸台地に築かれており、佐竹氏の前の居城である太田城との類似点も興味深いです。また、三の丸と二の丸、二の丸と本丸間の堀はもの凄く大きな規模です。
2020年に大手門、2021年に二ノ丸南西角櫓が復元されていますが、今回は早朝の訪城となったので、角櫓への門は閉まっており訪問できませんでした。
東日本大震災復興支援 2012Jリーグスペシャルマッチを鹿島スタジアムに見に行った時に、水戸城と偕楽園を訪れて以来、10年振りの訪城でした。震災で倒壊した学生警鐘や瓦等が復旧しており、大手門や角櫓が復元され、ますます見所の多くなった水戸城に大満足でした。
2012年夏の水戸城 → sm21235924
佐竹氏の前の居城・太田城 → sm39991397
佐竹氏の次の居城・久保田城 → sm26949128
お城→mylist/37297571
【坂東太郎】常陸国太田城 令和4年(2022) 仲冬
2022年の1月上旬、茨城県常陸太田市にある太田城跡を訪れました。
城の起源は明らかではありませんが、天仁2(1109)年に藤原通延(藤原秀郷の四世)が、下野国から太田郷に入り、太田大夫と称して築城したのが始まりであると伝わります。
後に佐竹隆義が当時の太田城主・藤原通盛(通延の孫)を服属させたのち、通盛を小野台地(瑞竜中学校周辺)に移して「小野崎氏」を名乗らせ、自らが太田城に入りました。
以降、佐竹氏代々の居城でしたが、戦国末期の当主・佐竹義宣が水戸城に本拠を移しました。
その後、江戸幕府の一国一城令により廃城となりましたが、城の機能は一部残され「太田御殿」と呼ばれ、水戸藩の附家老の中山氏が管理していたようです。
本郭は現在の太田小学校一帯。 二の郭は内堀町から若宮八幡宮一帯。 三の郭は栄町の大部分で北側が搦手とよばれている。 これらの郭は明治の初期に国から町の有志に払い下げられ、土塁をくずし堀を埋めて宅地や道路が造られたが、大正末期まで土塁や郭の一部が残っていたとのことですが、発掘調査により、江戸時代の古地図にはない大規模な堀跡等も発見されており、今後の調査によって縄張が大きく変わる可能性もある城です。
常陸太田駅から、鯨ヶ丘・法然寺・若宮八幡宮・太田城・駒柵(帰願寺)・久昌寺・西山公園・三峯神社・梅照院と訪れています。城は鯨ヶ丘という南北に長い河岸段丘の上に築かれており、長野県の飯田城や後の佐竹氏の居城である水戸城との類似点も興味深かったです。
佐竹氏の次の居城・水戸城 → sm21235924
佐竹氏の次の次の居城・久保田城 → sm26949128
お城→mylist/37297571
【奥州探題】陸奥国名生城 令和4年(2022) 仲冬
2022年の1月上旬、宮城県大崎市にある名生城(みょうじょう)跡を訪れました。
築城年代ははっきりしませんが、南北朝時代の1351頃に大崎家兼が築城したと伝わります。
戦国時代には奥州探題の大崎義直や大崎義隆が居城としていました。
天正18年(1590)、豊臣秀吉による奥州仕置で、秀吉家臣の木村吉清の城となりますが、葛西大崎一揆では一揆側が籠城し、蒲生氏郷が鎮圧し、伊達政宗を警戒してそのまま立て籠もった城としても知られています。その後、伊達氏の領地となりますが、その頃に廃城となったようです。
現在、遺構は堀や土塁の跡等を見ることができますが、大崎城があった所に7世紀末頃から名生館官衙遺跡(みょうだてかんがいせき)があったと発掘調査で判明した為、名生館官衙遺跡が国指定史跡、名生城が市の史跡となっています。名生館官衙遺跡が国指定史跡になった理由は、この遺跡が多賀城より古い時代の官衙(古代の役所)であり、多賀城以北まで内国化が進んでいたことが明らかになったからです。
お城→mylist/37297571
そらとあかりの日本名城スタンプラリー紀行 近畿編安土城(前編)
昨年に安土城へ行った時の動画です。
コロナがちょっと落ち着いていた時に滋賀県に行く用事が出来たので念願の安土城へ行ってきました。
本当は一本の動画でまとめたかったんですが時間が長くなりそうだったので、前後編に分けて投稿します。
次回はお城を中心とした投稿をしたいと思います。
(主な)参考文献
日本城郭協会『日本100名城公式ガイドブック』学研プラス 2007年7月
日本城郭協会『続日本100名城公式ガイドブック』学研プラス 2018年1月
日本城郭協会公式HP
桜乃そら・紲星あかり立ち絵:時富まいむ
前回(番外編その4) :sm39154339
次回:そのうち早く
【大年寺山】陸奥国茂ヶ崎城 令和3年(2021) 仲冬
2021年の12月下旬、宮城県仙台市にある茂ヶ崎城(もがさきじょう)跡を訪れました。
築城時期は不明ですが、中世の時代に名取郡北方三十三郷の領主・粟野大膳が城主だったと伝わります。
標高120m(比高約100m)の大年寺山に築かれた山城で、空堀や土塁等の遺構が残っています。
江戸時代には、仙台伊達藩第4代当主・伊達綱村が大年寺を創建しました。
現在、大年寺も麓の惣門と山頂に伊達家当主の墓があるだけで、大年寺山公園として整備されています。
また、大年寺山の北の麓に宗禅寺があり、城主・粟野重国(大膳)公の供養塔があるそうです。
粟野重国の平城の北目城跡 → sm39897518
お城→mylist/37297571