さて前回は、聖人年譜の「或る抄」について、樋田君の言っていることがいかにトンチンカンで、自己矛盾だらけの暴論であったかを暴いた。ダラダラと続く樋田君の言い訳は詭弁ばかりで、醜悪の極み。要山流造仏義を知らない人々を煙に巻こうとしているのだろうが、宗門人ですら彼の解説を聞いて理解できる者は一人もいないだろう。当方には、言い訳文書を作りながら、少しずつ自分の混乱・矛盾に気付き始めている樋田君の様子が手に取るようにわかるが......(笑)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm15341209