今の山梨県北杜市出身の浅川巧氏は、韓国併合直後の1914年、朝鮮総督府の林業試験場の技術者として派遣され、41歳で亡くなるまで植林事業に携わったほか、陶磁器などの研究にもあたりました。10日の行事は、ことしが浅川氏の生誕120年に当たるのを記念して、日韓の民間交流団体などがソウル市内で開いたもので、両国の関係者100人が出席しました。この中で、韓国側の代表は、「すばらしい人が朝鮮半島にいてくれた。浅川さんをたたえる碑を建てた1960年代の韓国は反日感情が強かったが、勇気を持って碑を作った」と述べ、日韓の交流の意義を強調しました。続いて、韓国の詩人が感謝を込めた詩を朗読したほか、・・・