閔妃暗殺事件 日韓114年後の氷解

閔妃暗殺事件 日韓114年後の氷解

閔妃の殺害を計画・指示したのは敵対していた興宣大院君であり、その実行犯は禹範善もしくは岡本柳之助。当初、李周会、朴銑(後に無罪)、尹錫禹(後に無罪)が処刑される。日本公使館が全く関与していなかったとは思えないが、自著『観樹将軍回顧録』において閔妃を褒め称えていた三浦梧楼が実行犯とは考えにくい。乙未事変(1895年10月8日)のカウンタークーデターとされる春生門事件(1895年11月28日)を起こしたロシアとアメリカの大義名分に利用されたとしか思えない。動画内で閔妃の腰につけていた物を盗んだとあるが、そのような足の付くことをやるのは不自然であり、暗殺なのに物を盗んでいる余裕などあったはずがない。そもそも閔妃の実子は純宗のみでその純宗に子はいない。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm20451250