?⇒モーツァルト⇒ヨハン・シュトラウス⇒ロクリアン・ラヴェルこれは、今も脈々と続く猥褻美の系譜、の三つの要所である。彼らは言うだろう、「猥褻じゃない美なんて、”美の具体性・生命性”に乏しい!」と。モーリス・ラヴェルの母国、フランスは官能美に溢れた国で、彼自身、お上品の極みではあるが、この曲のような雑音と楽音の入り乱れる「名曲サミットのホステス役」として、貴婦人ボレロほど相応しい存在があろうか?もっとも、これは作曲の立場からの評価で、音楽の中身における貴婦人ボレロは「生まれついての淫乱女」でもあるのです。なお、詳細はフィスブックに何本も投稿しつづけておりますし、この脱構築的仕業についてはいずれホームページ上にて、脱構築風哲学を展開したいと思っております。いずれにせよ、この曲を抜きにして、最早クラシック音楽の歴史を、いわんや今後を語っても、その意義はより狭く限られてしまうだろうと、私は申し上げずにはおれません。これについては欧州一の頭脳とも言われるジャック・アタリ氏の「ノイズ」をご参照ください。