将来起こり得る震災に私たちはどう備えればいいのか。東日本で被災した方々の体験をもとに巨大津波の恐ろしさを当事者の目線でお伝えしています。復興の様子や7年を迎えた被災地の課題などをお伝えしていきます。宮城県名取市閖上地区から報告です。 (岩崎心平アナウンサー記者報告) 仙台市の南側にある名取市の閖上地区です。震災前、約5700人が暮らしていたこちらの町は、市の慰霊碑と同じ高さの8.4メートルの津波にのみ込まれました。モニュメントのあるこの一帯はメモリアル公園として整備されます。そして、近くには住民に親しまれてきた日和山と神社があります。 日和山を登り、閖上の現状を見てみます。津波はこの日和山を越えていきました。毎年、こちらの神社では祭りが開かれ、多くの住民の方たちに親しまれてきました。目線に神社が入ってきました。震災の時、こちらに避難された方はいませんでしたが、津波はこの高さまで到達し、神社を押し流しました。今建っているものは、震災の2年後に再建されたものです。 日和山から閖上を見下ろしてみます。かつて住宅地がぎっしりと並んでいた光景はすっかり消え、11日は慰霊のためにたくさんの方が車で訪れてますが、普段は何もないがらんとした光景が広がっています。 しかし、着実に復興が進む様子も見て取れます。名取川の河口の河川堤防が去年12月に完成し、高さは7.2メートルあります。産業の復興も進んでいます。造成が進む一画に水産加工団地が建てられ、9つの会社が地元で取れたアカガイなどを加工しています。 そして、さらに内陸では、造成された住宅地に災害公営住宅などが建設されています。新たな住宅地は津波の被害に遭わないように5メートルかさ上げして作られました。しかし、工事の遅れや津波への恐れなどから閖上に戻る住民は震災前の3分の1ほどにとどまるとみられています。 あの日から7年、復興へ向け、ふるさとは形を変えていますが、閖上は大切な場所であり続けています。 http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000122640.html