【マウナ】おじいちの戦い_第32回【投コメ完了】

【マウナ】おじいちの戦い_第32回【投コメ完了】

シーズン終盤、毎回のことながら回線抜きや談合疑うレベルのプレイが多い多いwもうモチベーション下がったんで、最高AA4で終了。当初の目標であったAA5は行けたんで、今シーズンはOKかな。以下、いつもの長文の愚痴注意皆様もコメは全部読ませていただきましたが、同じ思いをしている人が多いことを痛感。つーか、一番金が掛からず、一番手間が掛からない設定を蔑ろにする運営の愚策。家ボダの設定している人たちの特徴は創作活動に熱意が無いと感じさせるところ。アケボダの設定を破棄したくせに、『これが俺たちの家ボダだ!!』なんてものは無い。「だったら、アケボダの世界観を捨てるなよ。半端者」というのが本音です。下記は一部コメントに対する返しQ:対戦ゲームで設定が必要か? A:設定がないゲームって少ないと思いますよ(数えたことないけど)。  対戦ゲームも、最低でも人物設定があります。 (世界観設定は現代基準だと余り必要ではないし) 古いですが、ストⅡシリーズなんてキャッチフレーズが秀逸で、設定まで表してます。 『俺より強いやつに会いに行く』 これですよ、これ。正直、完璧ですよね。 最強を求める格闘家リュウが、強い相手を求めて世界を旅する(だから世界各地で対戦する)。 それに絡むキャラクターたちと、深みのある対戦にみんな夢中になったから今も続くわけです。Q:なんで、世界設定が必要か?A:ゲームという虚構の世界への没入感を増すためです。  そしてプレイと共に設定が面白い、楽しいと感じれば、人はその虚構に夢中になります。  アニメやゲームに夢中ってのは、虚構の世界や人物たちに夢中になることではないですか?  そして、それに夢中になるから、そのシリーズは長く愛されるコンテンツになるわけです。俺は、アーマードコアに国家解体戦争とかの世界観設定とか無かったら、あそこまで愛されなかったと思うね。そういう大事なものを投げ捨てているのが、今の家ボダですよ。あと俺もカスタマイズで、インテリにまた水着やボンテージを着させたい(願望。頭:燐   胴:レギオ 腕:V5 足:麗主:コロナ 副:ジオ  補:新型 特:バリアβ全て3凸投コメ完了。©SEGA

http://www.nicovideo.jp/watch/sm36839447