biim式は初投稿です https://note.com/noctchill/n/n2c6e212f02d4https://note.com/noctchill/n/n6351542d773a ↑の記事用です浅倉の生み出した波紋が樋口に伝わってそこから樋口の世界が広がってって感じなんですけどわからないのは樋口は目つむってるタイミングのはずなのに観客のペンライトが演出の序盤に映ってるってとこなんですよね浅倉の演出だと浅倉が目を開くのと同時に観客のペンライトが視界に広がっていくって流れだったんで樋口の演出だと波紋が広がる立ち絵の時点で目を開けてないとおかしいんですよねでも目閉じてるんですよ樋口これに対する一つの解釈なんですけど浅倉はあくまで自分の目で見てそこに観客がいるってことを認識してるんだけど樋口は目で見なくてもそこに観客がいるってことを認識しているっていう風に対比してるんじゃないかと思うんですよね感謝祭でもあったように浅倉の観客に対するスタンスは見てるぶん見られてるつまり浅倉は見ることを通して観客を認識してるんですね翻って樋口はステージに立った時点でライトに照らされた時点で観客に見られることを想定していましたなので目を閉じていてもそこに観客がいると認識しているんですねこの論理でいくなら小糸の演出はペンライト一つ一つを細かく認識していくような雛菜ならそもそもペンライトは出てこないようなものになるかもしれないと自分は予想しています以上1ファンの考察でした