キッカケはそんなに大したことではなかった。村を出てからも女の子の格好を続けていたウチは周りからは奇異の視線を受けるのだろうと思っていた。けど、出会う人達から受けたのは『カワイイ』という賞賛だった。両親ですら可哀想な目で見ていたのに、一歩外に出てみればその目は好意の目に変わったのだ。だから、ウチはもっと褒めて欲しくて最初に手を出したのはスティックタイプのリップクリームだった。唇は乾燥に弱いから、そんな言い訳をしながら鏡の前でリップクリームを塗っていると、鏡に映るウチの唇は淡く光を反射して唇の色を引き立てられていた。最初はそれだけでも外に出るのが恥ずかしかった。けど、意を決して外に出てみれば皆は口を揃えて『カワイイ』と言ってくれた。可哀想ではなく、カワイイと言ってくれたんだ。初めて自分を認めて貰えたのが嬉しくてウチはあっという間に沼の中へと足を踏み入れていった。日焼けしたくないから日焼け止めにも拘った。グローブを付けているから手のケアにも拘った。シワを予防する為にコスメ選びにはお金を惜しまなかった。それも全部女の子でいたいから、褒めて貰えるウチでいたいからだ。「遂に買っちゃった…」露店で買った道具を側の机に置き、ウチは姿見鏡の前に立った。其処に映っているのは間違いなくウチ、でもその格好は男の子が着るには少し荷が重い白いベビードールだった。絹のように薄く肌触りの良い生地の下には、ウチの生まれたままの姿も僅かに透けて見えている。コレはウチが路銭に困っている時に声を掛けてくれたおじさんが『おひねり』をくれた時に、一緒に買ってくれたモノだ。賞金首三人分にもなるおひねりをくれると言われた時は、大体何を期待されているのかは検討がついていた。けど、ウチは神様に気に入られたお陰で顔と声だけなら女の子だけど、身体は男の子。そんな騙し討ちのような事をしたくないし、後から拒絶されるのも嫌だったから先に性別を教えてやんわりと断った。けど、『何か問題が?』と言われ、ウチはポカンとした。ウチは男の子、だからおじさんが望むようなことは出来ないと答えたつもりが、性別なんてハナから気にされていなかったウチは流されるまま一晩を過ごした。全てが初めての感覚、沼にハマっていたつもりのウチは初めて『女の子』になったような甘い感覚。でも、ウチはもっと幸せな事に気付けた。「ウチ……今日もカワイイ…」ウチは『カワイイ』と気付けた。ブリジットの自己肯定感が限界に達した時、過熱した激情は、危険な領域へと突入する。