我が名は兪伯海、修羅の河と血の海を征く者だ!孫堅旗揚げ時から仕え、孫策、孫権の孫呉三代に仕えた腹心:兪河。字は伯海。孫堅の雌伏の時代から支え続けた家臣であり、孫家の戦いの第一線に常に立ち続けたが孫策・孫権の弟である孫翊が家臣に暗殺された際に居合わせた為、巻き添えで殺害された。三国志大戦では孫河名義であり、英傑大戦では統一名称:孫河となっている。姓が変わっている理由としてはいくつか説があり・元は孫家であったが、兪家に養子となり、後に孫家に復姓した・常に第一線を張った武功に対する褒章として孫姓を名乗ることを許された上記の説がある。三国志大戦での彼はとにかく地味だったので英傑大戦での華々しいキャラ付けがされているのが意外な人物でもある。ちなみに計略時の台詞は自身の名([河]と[海]が入っている)を使った名乗りとなっている。長兄の英傑大戦: mylist/73130055