【英傑大戦】気まぐれにデッキ変えつつ英傑【第76回:屍山血河】

【英傑大戦】気まぐれにデッキ変えつつ英傑【第76回:屍山血河】

源氏の軍星はここに在り!者ども、いざ突き進め!!朝廷の障害となるものを排除する武将集団、河内源氏:源為義の八男、源為朝。頑強な体格と粗暴な性格で、若き頃から喧嘩や傷害事件を頻発する暴れ者だった。あまりの狼藉に困った為義は、為朝を九州へ追放したが今度は九州へ派遣された国司であると「鎮西八郎」(九州平定を任ぜられた八男坊)を自称。数十回の戦を行って九州をほぼ支配下とするが、地元民は朝廷へこれを直訴。為義はその責任を問われ解任にまで追い込まれてしまった。保元の乱では父:為義側に付き、平清盛・源義朝連合軍と対立。決戦においては夜討ちを仕掛けるべきと提案するも、卑怯であると拒否され逆に相手側が夜討ちを仕掛けてきたことによって一気に劣勢に。保元の乱の趨勢は決まった。父:為義は斬首。為朝は伊豆大島への流罪にまで許されたが、あまりに強いので腕の腱を切断された。しかし今度は伊豆諸島の平定に動き出したので、朝廷から討伐軍が派遣され、もはやここまでと自害したという。源平伝説通しての最強の男と名高い人物であり、伝説的なエピソードの枚挙に暇がない。・九州で暴れたので朝廷から帰還命令が出るも無視。しかし、父:為義が解任されたと聞くとすぐに戻った・保元の乱では義朝に「兄に逆らう不埒者」と言われるも「では父に逆らってる兄上は何なのか?」と反論・保元の乱で義朝を討ち取る機会は何度もあったが、兄は殺せぬとわざと見逃すことを繰り返す・五人張の強弓も、腕の腱を切られたので二度と弓がひけない・・と思いきや三人張の弓に変わっただけ・朝廷からの討伐軍数百人が乗った船を、弓の一撃で轟沈させた・後の英雄:源義経は八男であったものの、叔父の為朝に配慮して八郎の1つ下「九郎」を名乗った粗暴な豪傑としての印象もあるのだが、家族愛を感じられる人間味のある行動もしているのが今日の為朝の印象を形作っている。長兄の英傑大戦: mylist/73130055

http://www.nicovideo.jp/watch/sm41755925