迅衝隊が、新たな戦を見せてやるッ!土佐藩上士、乾家嫡男:乾退助。若き頃は喧嘩にあけくれる乱暴者であったが、23歳の時に家督を相続。さらにそれから2年後には土佐藩主:山内容堂の御側用役に抜擢された。(この頃に急速に台頭していた土佐勤皇党とは対立関係にあった)その後、土佐藩の主思想とは違い、武力による幕府の打倒が必要だと判断。思想が一致する西郷隆盛ら薩摩藩と友好関係を結んでいたとされる。さらに後に日本史上最大の内戦「戊辰戦争(旧幕府軍vs新政府軍)」が勃発。退助は土佐藩兵を率いて「迅衝隊」を指揮して新政府側として参戦した。近藤勇率いる新選組残党(原田左之助・永倉新八・斎藤一などの名立たる面々含む)を相手取り迅衝隊は、最新の武装を全く使いこなせない近藤側を蹴散らして圧勝。(甲州勝沼の戦い)あの幕末京都で恐れられた新選組の強豪を簡単に破ったのである。・・そう。剣豪が名を馳せたのは京や江戸という局地市街戦に限ってのことだった。「戦場」では刀の時代などとっくの昔に終わっていたのである。(正確には、日本史の戦場で刀の時代があったことなど歴史上一度も無い。投石にも劣る武装である)そして、ちょうどこの頃、乾退助は自身の姓を改めた。乾退助改め 「板垣退助」後に自由民権運動の父、国会の創始者と呼ばれる男の若き頃の姿である。長兄の英傑大戦: mylist/73130055