「ヤバい人らいるんで死ぬよ?」関東連合との関係をチラつかせリスナーを脅す永井先生こと愛媛県伊予市下唐川にある株式会社NAGAIの代表永井浩二氏

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関東連合(かんとうれんごう[1])は、20世紀後半から21世紀の初頭期にかけて存在した日本の暴走族[2]。概要[編集]東京都の世田谷区烏山地域や杉並区の暴走族の連合体として1973年に結成され、2003年に解散[2]。ところが解散後もOB(元メンバー)同士が上下関係に基づく強い絆で結束しているとされ、2000年代から2010年代にかけて、東京・六本木周辺などで発生した各種事件の関係者としてたびたびその名が登場してきた[3]。そうした解散後の状況下にあっては、このOBらの結び付きを指して“関東連合”と一般に呼んでいる[4]。東京都内の渋谷、六本木、西麻布、および新宿のいわゆる“地下社会”にて「一定の勢力を誇って」[4]いて、「既存の暴力団ではないが暴力的な犯罪を行う集団」を意味する“半グレ”の象徴的な存在と言われる[5]。その点では「怒羅権(首都圏を拠点とする中国残留孤児2世3世や中国人からなる準暴力団)」との類似性も指摘される[6]。“愚連隊”と称されることもある[7]。改正暴力団対策法や暴力団排除条例の影響で表立っての活動を失速させた暴力団に代わる形で台頭してきた勢力とする見方もある[5]。東京都内のいわゆる“アンダーグラウンド”界隈では1990年代初頭期頃からその名が広く通っていたものの、歌舞伎役者の市川海老蔵 (11代目)を巻き込んだ2010年の「海老蔵事件」をきっかけとして全国的に知られる存在となったと見られている[4]。溝口敦によれば、2012年に発生した「六本木クラブ襲撃事件」の結果、翌2013年までに「解体の危機」と言える状況に陥った[8]。瓜田純士によれば、「関東連合」を名乗って活動している者は2014年中盤時点でほぼ皆無、勢力はほぼ消失しており、事実上、「関東連合」は壊滅状態となっている[9]としているが、あくまで瓜田個人の見解であり、日本の根幹をなす物流業や警察と癒着するなど、関東連合は存続している意見が多い。 実際、六本木や西麻布、歌舞伎町などかつての活動拠点を中心に関東連合のメンバーが立ち上げたベンチャー企業、飲食店、風俗店も少なくなく、特に麻布一帯は彼らを中心に経済が回っていると言っても過言ではない。元メンバーの一部は指定暴力団・住吉会傘下の幸平一家系組織に加入しているという[10][11][12]、2019年には元幹部だった松嶋重が幸平一家傘下の堺組の組員として逮捕された[13]。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm42313908