殿が倒れぬ様、この沮授が支えましょう!すぐに倒れてはいけないよ・・じっくりと楽しまなきゃ・・!許攸・田豊と並ぶ袁紹軍参謀の一人:沮授。字は不明(伝わってない。わからないの意味で不明)冀州出身の学士であり、初めは冀州牧の韓馥に仕えたが、後に袁紹に仕える。後漢の帝である献帝を迎え入れることで天下号令の大義名分を得る策を進言するが政敵である郭図や淳于瓊の反対によってこの策は退けられた。(曹操が帝を擁して世論操作を行った策をこの時点で提案していた)袁軍の運命を決した戦いとなる官渡の戦いで、これまで袁家の名主であった袁紹に陰りが見え始め沮授と同じく名参謀として袁家を支えた田豊を不愉快な意見をしたというだけで投獄。敵軍の曹操の能力を評価していた沮授は官渡の敗北を予見し開戦前に一族のものに自身の財産を分け与えて、戦死する覚悟で出陣した。(そもそもとして沮授は曹操軍との決戦を待つように進言していたが、聞き入れられていなかった)官渡においては顔良を武将としては勇猛でありながらも指揮官としては偏狭なので外すべきと進言。(→進言は退けられ、結果、顔良は敵の策に嵌って戦死)曹操とは持久戦で睨み合って兵糧不足によって勝つべき。こちらの兵糧庫は警護を厳重にすべきと進言。(→進言は退けられ、結果、自軍の兵糧庫を襲われて敗北の決定打に)官渡敗戦後、沮授は曹操軍に捕らえられたが、その才を惜しんだ曹操に「自身に仕えないか」と尋ねられ「我が一族は袁氏に命を托している。もし貴方に情けあれば速やかに私を死なせていただきたい」と返した。曹操は「もっと早くお前に会って臣下に迎えていれば、容易く天下平定を成せただろうに」・・・と言い残し、惜しみつつも沮授を処刑したという。長兄の英傑大戦: mylist/73130055