オトチの岩窟の三ツ頭の大蛇と波多八代宿禰(己高山山地の三頭山(蛇ヶ谷)(滋賀県長浜市木之本町古橋))

オトチの岩窟の三ツ頭の大蛇と波多八代宿禰(己高山山地の三頭山(蛇ヶ谷)(滋賀県長浜市木之本町古橋))

《オトチの岩窟の三ツ頭の大蛇(みつがしらのおろち)と波多八代宿禰(はたのやしろのすくね)》(己高山山地(こだかみやまさんち)の三頭山(みつかしらやま)(蛇ヶ谷)(滋賀県長浜市木之本町古橋))▼参考記事:伊吹弥三郎の岩屋と井明神社 : 姉川を生き、妹川に没した、伊吹山の水竜鬼の生と死 https://wisdommingle.com/?p=30320#hatayashiro- 4. 伊吹弥三郎が「死んだ場所」: 妹川(高時川)(井明神社)- 4-8. 竜としての高時川が水を吐き出す「口」に位置する与志漏神社と、その祭神たる水神(竜神)が坐ます己高山- 4-8-1. 参考: 「波多八代宿禰による、己高山の大蛇退治」の伝説と、与志漏神社(與志漏神社)▼『神社由緒記』郷社之部「與志漏神社」「即(すなわ)ち、八代宿禰(やしろのすくね)、父(かぞ)が命(めい)を奉(ほう)じ、此(こ)の地に来(きた)り給(たま)い、大蛇(おろち)を討(う)たんとし給(たま)えるに、勢(いきお)い強猖(きょうしょう)にして、半歳(はんさい)を閲(けみ)するも、之(こ)れを討(う)つこと能(あた)わず。八代宿禰(やしろのすくね)、ここに思い給(たま)わく、「神代(かみよ)の昔、肥の川上(ひのかわかみ)に、須佐之男命(すさのおのみこと)の、八ッ頭の大蛇(やつがしらのおろち)を平(たい)らげ給(たま)いし故事(ふること)あり。如(し)かず。この大神(おおかみ)の力(ちから)を藉(か)らんには」と、其(そ)の御佩(は)かせる御剣(みつるぎ)に大神(おおかみ)の神霊(しんれい)を斎(いつ)き奉(たてまつ)りて、漸(ようや)く之(これ)を平(たい)らげ給(たま)う。(今(いま)も、己高山中(こだかみやまのなか)、蛇ヶ谷と云(い)う字(あざ)ありて、「大蛇(おろち)の棲(す)みたり」と云(い)う大(だい)なる岩窟(いわや)あり。人(ひと)、今(いま)に懼(おそ)る。)」(出典: 三宅弁造 (号梅園) (三宅辨造 (號梅園) ) [編集] (1921年) 「與志漏神社」(与志漏神社), 「鄕社之部」(郷社之部), 『神社由緒記』, 滋賀県内務部教育課 (滋賀縣內務部敎育課), 〔「郷社之部」の項目のなかでのページ数〕117-118ページ.)▼「第六節 石田三成の民政」, 『近江伊香郡志 上巻』「当時彼〔石田三成〕が隠れたるは三頭山〔みつかしらやま〕の巌窟なりと云い、又古橋村の与次郎太夫に頼りしとも云う。」(出典: 富田八右衛門 [編集] (1983年) 『近江伊香郡志(おうみいかぐんし) 上巻』, 弘文堂書店, 568ページ.)

http://www.nicovideo.jp/watch/sm44211525