【鋼鉄の咆哮2+EK】ガバガバ異世界旅行2EK 25

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ゆかり「私、利根じゃないもん」 鋼鉄の咆哮2(C)2002 MICROCABIN CORP./ KOEI Co.,Ltd. All rights reserved.鋼鉄の咆哮EK(C)2003 MICROCABIN CORP./ KOEI Co.,Ltd. All rights reserved.国土地理院の地理院地図globeより抜粋し加工をしております。E-05・06 https://maps.gsi.go.jp/#5/41.557922/-139.042969/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c0g0j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f120241031 追記 隔離演説5で「顧問」と表記しましたが、正しくは「閣僚」です。失礼いたしました。・スチムソンについての補足説明。中々面白い経歴がある。1891年、エリフ・ルートの法律事務所に所属し、後に検事になる。その後エリフ・ルートの推奨によりタフト政権下で陸軍長官を務めるも、翌年起こった政変により民間の法律家に戻る。第一次大戦にアメリカ参戦する事を予想し、一足先に志願し大佐として参加。その後、フィリピン総督や国務長官に就く。そして、ロンドン海軍軍縮会議で重大な貢献者となり、同軍縮条約が成る。しかしこれは、致命的な問題が内包されるベルサイユ体制の固定化が前提となっていたが、スチムソンはそれを気にしてはいなかった。批准する大日本帝国も陸軍含め徹底して軍縮を行っていたが、国民党が起こした様々な問題により柳条湖事件や満州事変が発生する。これを大日本帝国による、ロンドン海軍軍縮条約の前提となる絶対であるベルサイユ体制への挑戦と受け取り憎悪を向ける。原因は考慮していない。後に高平・ルート協定が結ばれるが、これにスチムソンは不快感を示す。その態度に危険性を感じ取ったルート元国務長官はスチムソンに、大日本帝国における満州の意味を説明する。アジアで活動する米外交官達は大日本帝国に対する影響力の著しい低下を危惧し、公平性を保つべきだとアジアで起こっている事と現状の危うさについて幾つもの報告を行っていたが、その後は歴史の通りである。人物としては、敬虔な長老派プロテスタントであり、物事を0/1で判断する癖があった。後に国務長官を務めるが、アジアに対する知識や台頭してきた共産主義の脅威を理解しておらず、自らの功績もあり世界を見る目は曇っていた。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm44267386