今回はリクエストではありませんが、チリ士官学校「第4中隊賛歌」をきりたんさんと共にお届け致します。まぁ聞いて頂ければ、分かる人にはピーンと来る旋律ですが、この歌はドイツのParademarsch der Legion Condor(コンドル軍団分列行進曲)のチリ版替え歌になります。動画の写真を見てもらえば一目瞭然ですが、チリやボリビアの軍隊は未だにWW2のドイツ軍っぽい恰好をされておりまして、チリに至っては、もっと古いプロイセン軍の軍装すら現役(主に士官候補生や騎兵隊ですが)だったりします。これはチリが歌にある1880年付近に行った各種戦争(まぁ主にペルー、ボリビアに対する侵略ですが)において、当時のヨーロッパで覇者っぽく見えたプロイセン軍や後のドイツ軍を、服装から戦術までマネした歴史が関連しているようです。当時、チリから見ればイギリスは海軍大国でマネできず、フランスはプロイセンに敗退し、ロシアはクリミア戦争でも露土戦争でもパッとせず「じゃあ!強そうな陸軍大国のプロイセンどんをマネして、人口少ないけんども精鋭部隊ば創設して、おいどんも南米で大帝国を築いちまうべか?」というような感覚&目論見でプロイセンに白羽の矢が立てたらしいです。んで、Emil Körner(エミール・ケルナー)とかいう大尉をプロイセンから呼び寄せて、5年契約で軍事について学び、マニュアルとかの整備もやって、この歌を歌っている士官達が現在も使っている軍事大学校まで建てて、チリ軍の近代化を行ったとかなんとか。んで、その後の内戦とかでも、このプロイセン式軍隊が活躍したので、ますます傾注していったんだとか。(でも、なんかチリの論文読むと、予算不足で完全なプロイセン化は無理で、結構不完全だったらしいです。)まぁ、こうなると周辺諸国等(ペルー、アルゼンチン、ボリビア、メキシコ、パラグアイ、エクアドル、コロンビア、エルサルバドル)にも伝わり「おい・・あいつ(チリ)やべぇぞ・・・うちらもマネしちゃう?でないと、あの暴れん坊に対抗できねぇぜよ、セニョール・セニョラ。」となって、この辺一帯はプロイセンちっくに染まっていったんだそうな。ちゃんちゃん。(ちゅーても、1944年にチリは枢軸国との関係を断ってドイツと日本に宣戦布告してますんで、今は別にナッチーじゃないです。あくまでファッションナチです。)次回投稿予定:2025年3月27日전진하는 사회주의★本日のうちのMMD的家系図ふらすこ式風きりたん 金子卵黄型