本日は昨日の動画と似たテーマが来ましたが、自我さんの解決、実現、回避、防衛などの行動した先で満たされようとする欠乏感の幻覚や、行動しないと駄目になる、悪化する、何も起きてくれないといった、世界や生命が在ることは涅槃の慈愛や安らぎから出来上がっているという根源の決まりへの不信感の幻術空間を解くことですね。この動画を見る方は、自我さんの欲しい結果を得るために効果的に見える情報や手段、考え方などを一生懸命探して、試しているけど、何をやっても上手くいかないというセリフが口癖(笑)になっているような方、そんな苦悩が慢性化しているような方が多そうです。中には自我さんが今できる全てのことを実行したのに想いが全く実らず、これ以上は努力も行動もできないと、自我さんが幸せになれる見込みや自身の生気を完全に失い、生きている価値を感じられない失意の底に突き落とされているような方もいらっしゃるかもしれません。軽度でも、重度でも、そのような絶望感の幻覚が見えた時は、全体や万物と一体化している源の生命の意識によって自然且つ自動的に成されている、世界や生命が在ることの本性である涅槃の慈愛や安らぎが約束された世界の完全な均衡の中に拉致(笑)されている最中だと捉えてみて下さい。源の意識や世界に還る流れには、いくつかのパターンがあると感じていますが、今回扱っている絶望感の幻覚はその中の1つであり、絶望の祝福を捧げられる絶望ルートと言い表すのが適切でしょうか。源の意識や世界の記憶を取り戻す道を遊ぶ場合は、源さんの感性や視点とは関係がない自我さんによる後天的な体験の影響のエネルギーを身体の中から抜いて、解いてあげるのがキーポイントになりますが、今回の絶望感の幻覚を通した拉致事件は、まさにその働きを人々のためにしてくれています。自我さんが完全に希望を失って、もうどうしようもないと嘆き切った後、自らの存在感を昇天させて、意識の奥深くで眠っていた源さんの意識や世界が入れ替わりで目を覚ますという筋書きです。その時、実は何も求める必要がない夢に見た楽園は、地球アトラクションでも、常に今起きている時間そのものと、これまでの人生の軌跡であることを思い出していくでしょう。そんな満ち足りた宝物の思い出を無条件に体験させてもらえるように、生命は自然的に作用させられていること、生かされていることに気付いていくことが生きることの醍醐味の1つだと思います。今回の絶望感の幻覚を通した拉致事件は、自我さんが繰り返し頑固に抵抗している大変諦めが悪い分野で勃発する傾向がありますが、絶望ルートも素晴らしい道です☆