本日の主旨は自我さんの在るべき人間性や人間性への評価、性格的な人間関係の拘りなどの幻術空間霧を晴らすことと、存在する現象を通して互いの夢に見た地球アトラクションの成立を無条件に支え合い、満たし合っている存在の作用の美しい優しさに気付くことですね。今回のメッセージを紐解くと、世界規模で社会の伝統的な風習になっている、自分を含めた人類の人間性に対する比較基準と評価の呪い(笑)を解呪することを促されています。現代の世の中には自我さんが望ましいと判断している人間関係を構築するための様々なコミュニケーションの技術や視点に関する情報が多く出回っていると思います。自我さんは人間関係絡みの摩擦が面倒だから円滑にしたいという共通の目的を持っている傾向があると思うので、皆様も一度はコミュニケーションの技術や視点に関する情報を熱心に探したことがあるのではないでしょうか?ただ、今回の互いにナチュラルに満ち足りる関わりという角度から見る場合は、自我さんが欲するコミュニケーションの技術は足枷になっているような印象を受けます。特定の望ましい関係性を築きたいという狙いを持ったコミュニケーションの技術に囚われると、高い価値を有する言動や接し方、人間性という幻覚的な概念や、それらに該当しないものはNG、駄目という虚構のイメージが生まれて、万物が天然のまま存在している状態に至福や涅槃を感じ取っている源さんの意識や世界から乖離していきます。そのような自我さんの比較的な評価や不平等的な判断を交錯した状態に入り込んで人を見てしまうと、元々万物は天然のままで改めるべきところが何もなく、常に生きていてくれるだけで、各々の地球アトラクションでの楽園の条件を自動的に満たせるように作用し合っている、そんな存在の事象を通した本質的な永遠の聖なる慈愛と尊さを互いに体感することができなくなります。今回のようなテーマを取り入れるなら、自我さんの多種多様な人間性に対する比較や評価の幻覚イメージを解いて、今、生きている姿そのものだけで十分、愛おしい、賛美に値するという感涙の衝動が自然と湧き上がるような源さんの感性から人を見るのは、いかがでしょうか?外界や自我さんが定めている素晴らしいコミュニケーションや素敵な人間性の基準に沿えない状態でも、生命の完成された存在価値の働きは絶対的に揺るぎないものであり、決して必要とされない反応や無価値な人間性ではありません。その不変の崇高な存在価値の働きを互いに見る時、最もナチュラルに満たされる関係が自然と起きることになるでしょう☆