前回、レヴィナスがフッサールとハイデガーの他者論を批判している箇所を読んだので、その続き。今回は社会学の祖の一人デュルケム、それにレヴィナスと同じユダヤ人で『我と汝』で有名なブーバーへの言及も出てきます。こうして、他人との差別化で自分の他者論の特徴を強調している箇所です。それから、レヴィナスは直接言及していませんが、サルトルの『存在と無』(Jean-Paul Sartre, L'être et le néant)の他者論の話もしました。そもそも他者の存在を確証しようとしてしまったのが失敗のもとではないか——という観点から、レヴィナスの他者論のインパクトも示したつもりです。レヴィナスは理論的観点から他者の存在を確証しようとするのではなく、むしろ「私」というものの独我論的性格を強調した上で、しかし「倫理」という別の水準では他者が前提されることを論じる、その転換が大きかったのではないか、と。後半は第2部「内部性とエコノミー」に入りました。ここで「自我」論がもっとはっきり見えてくる予定です。