教育勅語は耳で覚えませう。それから奉唱してみませう。畏き明治天皇の詔(ミコトノリ)。【教育勅語の読み方】教育勅語はまづ、聴いてその発声の調子を覚えて、それからそれを真似て音読して覚えます。だからこの動画では、とりわけ声調を工夫して収録いたしましたので聴いてみて下さい。亦この動画では教育勅語の原本を示して音読いたします。 教育勅語の原文とは、まさに明治二十三年十月三十日に親翰された敎育ニ關スル勅語の原典でございます。これを児童が素読できるやうに工夫して作った動画です。 ある歌を聴いて好きになると、私たちは強いて暗記せずとも、自然と口遊むやうになります。教育勅語のやうな文語体のフミは、歌と同じ様に覚えることができます。また歌は唄ってゐるうちに歌詞の意味がわかってくることがあります。素読もこれと同じことです。素読とは文章を音読することですが、殊にそこに書いてあることが読解できなくても、これを専ら音読してみることです。これは古来わが国で、師範が児童に指導してきた伝統的な手習ひの指導方法でした。先人の学力とその成果と、今日の私たちのそれとを比較すれば、伝統的な指導方法が如何に優れてゐたかがわかります。 教育勅語が戦前のやうに小学校で教へられる、およそ今はその見通しはないのですが、さほどそれは心配には及びません。いったい日本人の学問は私学から興ったのでした。かつて先達は公教育に頼って学問を大成させたことなぞありません。現に今日の公教育にしても御維新の後に新政府の指導で、私学の寺子屋や手習所を小学校尋常科として統廃合したのがはじまりでした。その御維新を成就させたのもまた私学によるところが大きい。幕末の志士たちは今日のやうな連絡手段がない時代にも関はらず、全国各地で同期して討幕運動をしました。この同期が奏功して大政奉還は成功しましたが、いづこも彼らの在所では国学が盛んでした。およそ国学とは古事記を学ぶことです。だから彼らは各々仕へる殿様は違っても、目的を共有して奮闘努力することができたのでした。それを知らぬからか、あるいはこの国学の力を塗抹するためか知らん、これを一概に「彼らは外国に操られてゐたからだ」といふ荒誕の説を吹聴する輩が頃日ふえてゐます。実際それだけ見事に同期してゐたといふことです。 教育勅語や古事記が大切だとわかったなら、私たちも各々の持ち場でこれを習ひ、児童に教へたらよいのです。一度できたことは何度でも出来るものでございます。ミソラ通信────────────────声の出演:ずんだもん(VOICEVOX)音楽:Politeness of the Butler |秦暁