スコットランド民謡の『アニー・ローリー』をオリジナル編曲しました。ボーカロイドのKAITOが真っすぐな愛を歌っています。この歌の日本語詞はいくつかありますが、本作では堀内敬三氏の日本語詞を採用しました。以下はWikipediaから『アニー・ローリー』の解説です。『アニー・ローリー』(Annie Laurie)は、代表的なスコットランド民謡として知られる楽曲。ウィリアム・ダグラス(William Douglas 1672? - 1748)の詩をもとにして作られた。作曲はスコットランドの女流音楽家ジョン・ダグラス・スコット夫人(Lady John Douglas Alicia Scott=アリシア・スコット;1810 - 1900)。【歌の由来】実在の女性であったアニー・ローリーは、マクスウェルトン卿のサー・ロバート・ローリーの末娘だった。1682年12月16日に父親の館であるマクスウェルトン・ハウスで生まれた。スコットランド中に知られた美人だったといわれている。詩は、1700年ごろにフィングランドの郷紳(ジェントリー)ウィリアム・ダグラスによって書かれたものである。言い伝えによれば、アニー・ローリーとウィリアム・ダグラスは相思相愛であり、またアニー・ローリーからも親に許しを早くもらうように求められたために、ウィリアム・ダグラスは彼女に結婚を申し込み、本人は了承していたので、アニー・ローリーの父親へ許しを求めたが、歳の差、彼女がまだ若すぎること、ウィリアム・ダグラスの父親が、ローリー家とは内戦中の敵対勢力に属していることによる、政治的な立場の相違(氏族間の対立)などで、アニー・ローリーの父親であるマクスウェルトン卿から強く反対されて遠ざけられたという。ウイリアム・ダグラスは悲しみに暮れ、アニーを思い続けてこの詞を書いたのである。一方、アニー・ローリーは、1710年にクレイグダーロックの領主アレクサンダー・ファーガソン(Alexander Fergusson)のもとに嫁ぎ、約33年間そこで暮らした。 彼女のために大邸宅が建設され、彼女の好みで作られたという庭園も残されている。没年は定かではないが、1761年に亡くなりクレイグダーロックに埋葬されたと言い伝えられている。 マクスウェルトン・ハウスには、今も彼女の肖像が残されており、その昔ウィリアム・ダグラスの心をとりこにしたという青い瞳の佳人の姿をうかがい知ることができる。2025/09/22