どうも、Yeiです。別離がテーマの作品です。根底にあったのは、小泉義之『弔いの哲学』(河出書房新社、1997.08.11)の冒頭に置かれたテーゼです。以下引用。「誰かが死ぬ、私は生きている。誰かが死ぬことと、私が生きていることのあいだには、何の関係もない。誰かの死と私の生は、徹底的に断絶している。誰かの死と私の生の断絶を、さらには、誰かの死と誰かの生の断絶を、思い知ることが弔うということである。」継承の物語は魅力的です。終わってしまった対象が魅力的であればあるほどに、それを終わらせたくないという抵抗感が生じるでしょう。しかしながら、その様な在り方は歪です。誰も誰かの代わりにはならないし、誰かの代わりになろうとする事も、誰かを代わりにしようとする事も正しくない。自分は自分でしか在り得ない。何かが終わる事、変わる事を、肯定とまでは言わずとも、それでいいと受容できる様な視座。そんな感覚が伝わっていれば幸いです。【lyrics】『夕散』白い桔梗が散っていくあの日から遠く離れてく心は淡く霞んでいく僕らは時効になっていく散々語り尽くしたろ言葉ならもう要らないや分かり合えない事を分かったら笑って別れてみようぜうつろうもの、うつろわざるもの、痛まない訳じゃないけれど永遠には続かないからあの日に花火が散っていく僕らは遠く変わっていく貴方が記号になっていく涙が白く乾いていく永い夜を歩いていく欠けた月が沈んでいく季節は玄く染まっていく記憶が灰になっていくずっと僕らは確かめてたんだ違う身体で生まれた意味違う心に育った事僕らは違う事ずっとずっとずっと白い桔梗が散っていくあの日から遠く離れてく心は淡く霞んでいく僕らは時効になっていくあの日に花火が散っていく僕らは遠く変わっていく貴方が記号になっていく僕らは言葉になっていく