「私はいない」と聞くと、 「いや、こうして生きてるし、話してるし、いるじゃないか」 と誰もが思います。 ──その通り。 肉体も、思考も、感情も、確かにここに“在る”。 けれど観察してみると、 その肉体を動かす“操縦者”は見つかりません。 ・思考は勝手に浮かぶ ・心臓は勝手に動く ・感情も勝手に湧いては消える どれ一つ「私がやっている」と言えるものはない。 つまり、現れている現象は“ある”。 けれど「これをやっている主体としての私」は“いない”。 これが「私はいない」の意味です。 操縦席が空っぽだと気づいたとき、 人は逆に安心して、 人生にゆだねられるようになるのです。「けん せら『健 瀬羅』ちょっと考える哲学のひととき」道しるべ@Kensera0225 2025年10月9日