日本の自動車メーカー創業の歴史

日本の自動車メーカー創業の歴史

西暦1,876年10月東京築地活版製造所所主で横浜製鉄所の共同経営者の平野富二が、石川島修船所の跡地を海軍省から借用し「石川島平野造船所」を設立する。設立に当たり、以下の人間が協力した。①内務大丞で第6代東京府知事の楠本正隆(平野富二の拝借願書を海軍省に取り次ぐ仲介役を果たした)②東京築地活版製造所の取締役松田源五郎③阿蘭陀通詞を務めた岩瀬公圃(海軍省関連の契約保証人として名を連ねた)しかし翌年頃には、平野は造船技術者不足に悩み、友人の杉山徳三郎の紹介で福澤諭吉に接触し、塾生の中から造船技術者を紹介して欲しいと依頼した。一元化 公式HP https://uc-4.com/

http://www.nicovideo.jp/watch/sm45650711