今回は9か月ぶりにКаскадよりПечалиться нам рано(嘆くにはまだ早い)をお届けしますリクエストはコメントへどうぞこの曲はアフガン撤退前後を舞台とした曲と考えられますが、ソ連本国では情報統制でアフガンでの戦況や勝敗などは国民にほぼ知らされておらず、それもあってか帰還兵が冷酷な態度を取られることもありました国民が自分たちがアフガンで何をしたのかを忘れられ(知らない)、しかし自分たちは地獄のアフガンを戦い抜きある者は酒・タバコ・薬物に溺れ、ある者はPTSDとなりその後生活がままならなくなり、またある者はアフガンで現地女性と恋に落ち以後故郷の土を踏まず、最後に遠くアフガンで斃れ骨を土に埋めた者と様々な道を辿りましたここで心に傷を負い、アフガンを忘れたくても忘れられないという自らの苦しみもこの曲に落とし込んだ曲と言えます用語解説・ドゥシュマン ムジャーヒディーンの別称・バグラーム 首都カブールから北に20kmほどのバグラーム群の郡庁所在地 この曲のこの音源はここでのコンサートで録音されたもの