里見甫の下積み時代と極東国際軍事裁判での証言

里見甫の下積み時代と極東国際軍事裁判での証言

西暦1,946年9月里見甫が、極東国際軍事裁判に出廷し、以下の証言を行う。①アヘン事業の正当化と自身の役割❶里見は「私は只アヘンを正しく管理し、東條英機内閣や興亜院に、必要とする資金を届けただけである」と証言し、自身の活動を国家公認の管理業務として弁明し、犯罪性を否定した。❷日本陸軍や満洲国の日本人官僚等の依頼を受け、上海等でアヘンを売り捌いていた事を認め、其の巨額の利益が日本軍の工作費等に化けていた事を述べた。❸西暦1,939年末からは蒙古産アヘンも販売し、其の大部分を中華航空機で運んだと述べた。此の売上の大部分が東京に送られ、東條内閣や国会議員への資金に充てられた事も指摘した。②アヘン流通の仕組み❶アヘンは、満洲国及び蒙古聯合自治政府管内で生産され、北京・上海を中心に、広東・厦門・関東州・日本で消費された。此れを興亜院が監督した。❷自身は民間人として起用され、上海に、慈善団体を装ったアヘン販売拠点である華中宏済善堂を設立した。当初は三井物産経由でイラン産アヘンを密輸入し、西暦1,939年末からは蒙古産アヘンを中華民国商人のネットワークで販売した。❸太平洋戦争後、シンガポール占領地でもアヘンの精製・販売を行い、現地で起きていたハイパーインフレによって価値を失った日本軍の発行した軍票の代わりとして、通貨的な役割を果たした。❹西暦1,943年の南京等での反アヘンデモ後、自身は華中宏済善堂を辞職した。③満洲国のアヘン政策と影響❶満洲国は、アヘン吸飲を登録中毒者に販売する漸禁政策と専売制を採用したが、登録制度は機能せず、誰でも買えた。❷アヘンの利益金が、満洲国の国家歳入の5〜5.6%を占め、日本軍、特に関東軍の資金源となった。苦痛による気絶等のアヘン中毒による禁断症状や、アヘン中毒者が妻子を売る程の依存性が有り、自身のアヘン管理を正当化した。❸アヘンが、中華民国の民衆の抵抗力を失わせる支配手段として機能した事を間接的に示唆した。④関連する被告や事件❶アヘンの収益が東條内閣に流れた。東條は陸軍大臣として流通を指揮した。❷アヘンの売上金が東京に送られた事を宣誓口述書に記載する。しかし岸信介には言及せず。❸汪兆銘は、アヘンの収益を政権樹立工作や財源に使用した。此の裁判で、アヘン問題は満洲事変・日中戦争と並ぶ追及対象となった。中華民国検察側が証拠を提出し、日本の戦争犯罪として裁かれた。一元化 公式HP https://uc-4.com/

http://www.nicovideo.jp/watch/sm45794402