西暦1,853年6月4日マシュー・ペリー一行が、以下を経由して、那覇に帰着する。①宜野湾間切②浦添間切報告書には、沿道の各所に琉球松が繁り、石川(現在の沖縄県うるま市)や金武では、並木道も整備されており、間切番所も清潔で快適であったと記載された。ペリーに同行した画家ウィリアム・ハイネも、琉球の風物や人物等を描いた。又、同じくペリーに同行した医師で植物学者のジェームズ・モローは、集落内や周辺の道路に就いて以下の内容を記した。琉球の道路は綺麗に整備されている。道幅は広く、表面に凹凸が無い。道路の両端には排水溝が走り、其の外側の土手の上には3〜6mの間隔を置いて松並木が走り、遠くから眺めると、2列の見事な緑の流れが山々の頂まで続き、豊かな田園風景の終着点となっている。市街の道路は、ヨーロッパ風の石畳道路で、世界のどの国にも劣らず整然としている。一元化 公式HP https://uc-4.com/