資治通鑑原文3321文字(133/365位)【登場人物】・メイン 1/4-慕容廆-2/26 1/26-王導-3/5 1/27-石勒-2/26 2/3-石虎-3/14 2/13-郭璞-2/17・準メイン 1/21-王敦-2/16 1/25-李雄-2/27 1/25-陶侃-2/27 1/26-劉曜-2/22 1/26-司馬睿▲ 2/8-司馬紹-2/18 2/10-李寿-3/9 2/11-蘇峻-2/21 2/12-張駿-3/12 2/14-慕容皝-3/14 2/14-拓跋什翼犍-4/13【できごと】 完全に王敦の風下に立たされた元帝は、その屈辱のあまりでしょうか、崩御しました。慎ましやかであり、言い換えれば果断さに欠けていた、と評価されます。 ここで王敦が、なんと簒奪に動きます。本気か? って感じではあるのですが、この動きがあっさり朝廷側に漏れたため、たちまち王敦は警戒されるように。ちなみにこの計画を朝廷側に伝えたのは王敦の甥、王允之でした。酔いつぶれて寝ゲロに突っ伏したふりをして王敦の簒奪謀議を盗み聞きすると、それを報告したのです。ちなみにこのエピソードは、なぜか世説新語だと、あの書聖、王羲之がやったことになっています。よくわからないよ。 あとを継いだ司馬紹、即位して明帝は、皇太子時代に王敦の軍勢を一人で物見に行っただとか、池がほしいと元帝におねだりしたら却下されたので一晩で勝手に池を作っただとか、果断と言うよりは暴走、危なっかしさが見え隠れするひとでもありました。ここでも皇后の兄である庾亮を宰相として迎え、全面的に対抗する姿勢を見せます。王敦としては計算違いにもほどがあったことでしょう。 南方がわちゃわちゃしていると、石勒としても領土をぶんどる絶好の機会、のハズでした。しかし好事魔多し。石勒の文字通りの右腕である張賓が死亡するわ、いよいよ国境を接することになった慕容部と和親を組もうと思えば使者殺害という形で拒絶されるわ、といった事態になっています。石勒は張賓の死に際し「天はわしに天下を取らせたくないのか!」と叫んだそうですが、これはなかなか思うように進まない軍略に対するいらだちもあったのでしょう。 そんな石勒の停滞が誰を利するか。劉曜です。涼州の張茂をひとまず屈服させ、陳安も打倒しました。ただその一方でまた贅沢の虫がうずいたところを再び劉聡みたいに臣下から怒られています。なので劉聡みたいに臣下を収監しました。あのさぁ。決戦の時は近づきますが、どうも締まりません。