【344年09月】資治通鑑原文2528文字(176/365位)【登場人物】・メインキャスト 2/3-石虎-3/14 3/3-冉閔-3/18 3/4-慕容垂-5/3 3/8-桓温-4/9・準メインキャスト 2/12-張駿-3/12 2/14-慕容皝-3/14 2/14-拓跋什翼犍-4/13 2/28-慕容儁-3/26【できごと】 康帝、崩御。新たに立てられた司馬聃、すなわち穆帝が政務を執れるはずもなく、主に三人の人物が穆帝を支えることになります。母親の褚太后(とは言え当時22才でしたが)、大叔父の司馬昱、そして何充です。前日にも語った通り、庾氏が完全に中枢から押し出された感じです。そして折悪しく、ここで庾翼が死亡。庾翼は自分の率いていた軍府を息子に継承させようとしましたが、これを何充が反対。庾翼の下にあった実力者、桓温をその後継に指名しました。いよいよ表舞台に桓温が立ちますので、ここで予告をしておきましょう。はじめの大武勲、漢撃滅が347年のことです。 ここから東晋の軍事的強盛化が進むのですが、それを迎え撃つ形となる後趙はどうだったのでしょうか。引き続き石虎のオモシロムーヴが続いています。三万人もの女性を強制的に後宮に召し上げる際、それに反対する夫を殺害するだとか、連行してきた人数によって爵位を与えたりだとか、もう何がしたいのかよくわかりません。まあ息子のひとり石鑑が配下の髪の毛を引っこ抜いて自分の冠の結び紐にしたりなどをやらかしていたので、現状の息子たちにのきなみ不安を覚えていた、ということなのかもしれません。これは既に、この段階でこの言葉を言えそうですね、「もう遅い」。 そして後趙を挟んで北にある、前燕。こちらはもともと強権的であった慕容皝が臣下よりの諫めの言葉を聞き入れ、重税の取りやめ、土地の解放、教育の拡充などに乗り出します。ここから前燕の国力が飛躍することになるわけです。 更には、三年後に滅ぶ漢。李勢はその弟が聡明であり、よく政を支えていたが、だからこそその弟に疑いの目を向けるようになっていました。しかもその弟が「自分をあなたの後継者に据えてください」と言い出したものですから大変です。李勢、弟を処刑すると言いだし、更にはなんとか処刑を止めようとする臣下も、家族もろとも殺し尽くしました。その上で弟には自殺を強要します。やってしまいましたなあ! 後趙と漢、なんというか、運命を揃えすぎな気がします。