五大老のうち三大老を敵に回し、あとの1大老(前田利長)も敵か味方かわからない状態。真田広之主演の「SHOGUN」状態だったのだ。そのあたりのプロットをAIに書き込み、小説にしました。4つの章で音読します。----------------------------------慶長五年、秋。家康が東へ向かった巨大な空白の隙を突き、石田三成は大坂で挙兵した。それは、家康が仕掛けた「豊臣解体のための罠」だと完全に知り尽くしながらも、豊臣の存続と国の未来を守るために、自ら虎の尾を踏み抜いた、あまりにも悲壮な決死の反撃(クーデター)であった。この報せを東の下野国(栃木県)で受けた徳川家康は、全軍を「西(大坂)」へと反転させる。ここに、日本史上最大の決戦、関ヶ原の戦いの火蓋が切って落とされたのである。第三節 小山の憂鬱と、黄金の黒幕 ―― タヌキの誤算と紅毛の鉄槌慶長五年(一六〇〇年)七月。下野国・小山(栃木県)。奥州の上杉景勝を討伐するため、関東まで軍を進めていた徳川家康の本陣に、大坂からの急報が飛び込んだ。『石田三成、挙兵。西国の諸大名を糾合し、およそ十万の大軍が大坂城に集結しつつあり』その報せを聞いた家康の顔に、後世の講談で語られるような「すべて計算通り」とほくそ笑むタヌキの笑み(ニヤリ)は、微塵もなかった。報告書を握りしめた家康の顔は土気色に沈み、深い、あまりにも深い憂鬱と疲労がその老体を包み込んでいた。「……やりおったな。三成め」家康は、重い溜息をついて床几(しょうぎ)に深く沈み込んだ。「殿。……これは、完全な読み違いにござりましたな」傍らに控える腹心・本多正信(ほんだまさのぶ)が、冷徹に事実を突きつける。「我が軍の主敵は、あくまで北の上杉。三成が背後で蜂起するであろうことは予想しておりましたが……奴の力だけで集められる兵など、せいぜい二、三万。畿内でくすぶる『ボヤ』程度で済むと踏んでおりました」「ああ。俺の完全な誤算だ」家康は、苦渋に満ちた声で呻いた。家康が直面していた現実は、まさに絶望的であった。豊臣家を支える五大老のうち、上杉景勝、毛利輝元、宇喜多秀家の三大老が完全に敵に回った。残る前田利長は加賀で動けず、いつ寝返るかもわからない不確定要素(ジョーカー)だ。自分は完全に、日本の東西から挟み撃ちにされる「袋のネズミ」となってしまったのである。#世界帝国(イエズス会)VS戦国三英傑#関ヶ原