リムとシルフィールのおしゃべり パワータワー後夜祭【トリッカル】

リムとシルフィールのおしゃべり パワータワー後夜祭【トリッカル】

こんにちワッフル…皆さんは、教主ってどんな人だと思いますか?宴会場でのひどい選択肢から、よくクズみたいだって言われてますけど、それを差し引いてみればどうですか?どれくらい、プレイヤーのあなた自身に近くて、どれくらい自分を投影できているでしょうか。うーん、私が思い描いてる教主は、たぶん私の韓国語の先生だったおじさんの姿をしています。(私は大学で韓国語を第二外国語として選びました。一番楽そうだったからです)口まわりにひげがあって、やや肥満体系、しかし肌は整ってテカテカしていて、喋り方は独特で間があり、全体的にマイペースです。たぶんコミーのことが大好きだし、エルフィンは実質娘みたいなもの。しかしながら、私の【同人作品】として教主を思い描く場合は違います。あれは公式のストーリーと、韓国人のおっさんに対する私のステレオタイプから推測された教主像であり、これはぜんぜん、私らしさを投影したものではありません。ええ、私らしさをキャラクターや世界に侵食させると大抵ろくでもないことになります。初期の動画のサムネやタイトルに一瞥くれてやれば、目も当てられない状態だとわかるでしょう。今回、ナイアが語っていたという話をリムは又聞きすることになります。あれが、私らしさが投影された教主像です。他愛のない話をするのが苦手で、特に一対一になった途端、空気がガラリと変わります。私が変えるのです。「我々は生きることに対して深刻である」という共通認識が形成されるような空気に。リムは、エーリアスでは数少ない「話の通じる奴」です。他には、コンプレックスに囚われてないときのエシュールくらいでしょうか。だから、教主とリムが出会うと意味のある話をしようとする。「私が生きることに意味なんて無い」という前提に立って初めてできる、現実の話を。自分らしさを再発見し続けることがいかに辛いか。自分を串刺しに否定して、死ねず身悶えする不気味を眺めているのが、私の人生の残り全て?リムの家は、リムの幸福の価値を否定する場所になっていました。永い冬を耐えるために、自分自身に徹底的に冷酷になっていったはずです。やっと春が訪れたそのときには既に、取り返しがつかない全てを失くしていたのです。私が今後もよく使うであろう言い回しがあります。距離があるのが孤独で、壁があるのが孤絶であると定義するなら、人付き合いで解消されるのが孤独で、人付き合いで痛感するのが孤絶です。孤絶。内向と外向の裂け目。破綻したまま生きること。そのへんが、私の今年のテーマになるでしょう。せっかくだから、トリッカルの動画でも感想募集しときますか… https://forms.gle/FbasTZDgCQHhVHDD8

http://www.nicovideo.jp/watch/sm46164074