佐久間象山が真田幸教・望月主水に行った鴨居からのペリー艦隊観察報告

佐久間象山が真田幸教・望月主水に行った鴨居からのペリー艦隊観察報告

西暦1,853年7月11日佐久間象山が、松代藩江戸詰家老望月主水に対し、以下の主旨の書簡を送る。蒸気船の速さは、とても言葉に出来ない程です。松輪崎(現在の神奈川県三浦市南下浦町松輪)に異国船の帆影が見えたかと思うと、矢のような速さで走って来ました。彦根藩の台場からも止めようとしましたが、まるで追い付けません。先頭の一隻は浦賀港を素通りして、鴨居の辺りに錨を下ろしました。続いて帆船が1隻、此れは先の蒸気船が曳いて来たもののようです。更に蒸気船1隻と帆船1隻が来て、合わせて4隻が、浦賀港から江戸の方へ向けて縦一列に停泊しました。此れ迄の異国船とは丸で様子が違い、乗組員も取り分け高慢です。従来は異国船が来る度に与力が乗り込んで様子を確かめるのが慣例でしたが、今回は同心・与力といった下役の乗船は許されず、「奉行なら乗せる」と言って、近づく者は手振りで追い払います。無理に近づけば鉄砲を持ち出して撃ち兼ねない勢いで、一番船に向かった与力も其の儘引き返しました。彦根藩の受け持ちからも強いて乗り込もうとした者が居ましたが、空砲とはいえ2発撃たれ、恐れを成して戻っています。何処の国かと尋ねても、小泉屋の主人にも分かりませんでした。西暦1,853年7月10日の早朝に起き出し、東浦賀(現在の神奈川県横須賀市)から山を登って鴨居から一通り眺めました。浦賀の港口から東南へ約1.8km程の所に大砲28門を備えたコルベット艦が1隻、其処から東北へ約440m離れて蒸気船が1隻。形はコルベット艦より遥かに大きく、大きさの比は5:3といった所です。コルベット艦の全長は約45m、蒸気船は約72m程に見えました。其の東北にも同じく蒸気船が1隻在り、此れは先のものよりもやや大きかったです。何れも船腹に外輪を備えていて、輪の直径は凡そ12m、蒸気を起こす筒と思しきものが直径約1.5mばかりで、舷側より約6m余り高く突き出ています。大砲は、外輪の前に4門、後ろに2門、此処は砲門が開いていたのではっきり見えました。其の上に更に6門、此方は砲門を閉じていたので微かにしか見えませんが、合わせて24門程を備えている様です。更に其の東北に28門のコルベット艦がもう1隻。船と船の間隔はどれも約440m程で、間をとって並び、両端にコルベット艦、中程に蒸気船2隻を置く配置の様です。船の構えは如何にも煌びやかで、乗組員は4隻合わせて2,000名ばかり。掲げている旗(アメリカ国旗)は、此の様な形で、四隅の黒白は俗にいう一抹の様に見えます。持参した望遠鏡が格別良いものではないので細部までは分からず、詳しくは追って報告します。其の後小泉屋に戻り、浦賀奉行所の伝手を辿って、異国船到来の経緯を聞き込みました。皆、今度ばかりは事件になると...一元化 公式HP https://uc-4.com/

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