「真田幸教殿は御殿山のボムフレイに避難すべき」と提案した佐久間象山

「真田幸教殿は御殿山のボムフレイに避難すべき」と提案した佐久間象山

西暦1,853年7月14日早朝、佐久間象山が、望月主水の下を訪ねる。佐久間は、以下の主旨の進言をした。第8代松代藩主真田幸貫殿は、終身外寇の件に於いてご苦労なされました。此処江戸藩邸で大砲を製作され、松代藩から取り寄せた事も有ります。此れは恐らく、今回の様な非常時に備え、江戸幕府の警備の役にも立てようというお考えだったのだと思います。近い内に、防衛の為、諸藩にも出兵の要請が出されるでしょう。此方から何も言わなくても、我が藩邸に大砲が数門在る事は世間に知られていますから、今日にでも警備の持ち場への出動を命じられるかも知れません。増して、もし再び異国船が内海に入り込んで乱暴を始めれば、防戦を命じられるのは先ず間違いありません。但、大砲は地形を踏まえて使う事が軍事上肝心です。其れなのに、いざ急場となれば、江戸幕府が大砲の門数で以って細かく配置を決める事は先ず出来ません。そうなると、場合によっては、大砲を活かし難い場所への出動を命じられ兼ねず、其の時には幸貫殿が生涯を懸けて造り上げられた武器も、有っても無いのと同じになってしまいます。更に、地の利も考えずに大砲を引っ張り出して来て、万一にも敵に奪われ、其の大砲を逆に此方へ撃ち返される様な事が有れば、利点を失うどころか、真田家にとって末代までの不名誉となります。ですので、大砲を用いるには、先ず有利な地形を選ぶ事が必要です。江戸の市中を焼き払いでもしない限り、最も江戸の市中に近い場所で大砲を運用出来る所を選ぶとすれば、御殿山(現在の東京都品川区東品川)の近辺以外には在りません。異国船が入って来た際には、此処が要所となり、防ぐのに好都合な土地です。此の御殿山に場所を定め「今回の防衛は是非我が藩に」と江戸幕府の上層部へ内々に願い出れば、幸貫殿の忠義のお心を受け継ぐ事になり、此の上無い親孝行になります。又、江戸幕府に対しても、外敵と打つかる最前線を引き受ける事になりますから、立派な忠節となります。無論、松代藩の家臣団が国家の為に命を捧げるのは当然の事ですが、其れでも、無謀に動いてむざむざ命を散らすのは痛ましい事です。御殿山であれば、敵の砲撃を躱しながら大砲を撃つ手立ても有りますし、仮令真田幸教殿ご自身が出陣為さっても、御殿山なら西洋でボムフレイと呼ばれる防弾施設も造れるでしょう。此れを早速造らせ、其の中に幸教殿がお入り頂ければ、斯うした非常時には却って藩邸に居られるよりも安心していられます。凡ゆる面で万全を期すべき今、此れ以上の策はありません。望月は、真っ当な意見であるとし、同意した。佐久間は「私を幕閣へ向かう正式な使者に随行する御内使者に任命し、阿部正弘殿と牧野忠雅殿の下へ派遣して頂ければ、細かい点は私が其の場で臨機応変に...一元化 公式HP https://uc-4.com/

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