『Lenger(レンゲル)』は、ノルウェーの作曲家・ヴァイオリニスト、オーレ=ヘンリク・モーが2006年に作曲した、独奏ヴァイオリンと弦楽四重奏のための室内楽曲である。演奏時間は約14~15分。2006年10月21日、ドイツのドナウエッシンゲン音楽祭において、作曲者自身の独奏とアルディッティ弦楽四重奏団によって初演された。編成はヴァイオリン3、ヴィオラ1、チェロ1である。本作は、弦楽四重奏曲による三部作《Vent Litt Lenger》の終曲に当たる。各題名を続けた「Vent litt lenger」はノルウェー語で「もう少し待って」を意味し、第1曲《Vent》は1997年、第2曲《Litt》は1997年から2007年、第3曲《Lenger》は2006年に完成した。《Lenger》のみ作曲者が独奏者として加わり、四重奏の外側から音響を拡張する役割を担う。音楽は、高音域における長大なトレモロを中心に、摩擦音、グリッサンド、単音の激しい反復、倍音を伴う不安定な音色を組み合わせて進行する。明確な旋律や和声の展開よりも、ほとんど静止して見える音響が微細に変質していく過程そのものが構成の中心である。独奏ヴァイオリンは約10分に及ぶ持続的な運動によって密集した背景を作り、四重奏の各声部はその内部へ出入りしながら、音と雑音の境界を絶えず変化させる。モーは本作を、神経心理学者デヴィッド・マーの理論に関連する「ほぼ静止した像」の連続として構想したとされる。また、三部作全体の素材には、幼少期に過ごした場所の残響や人の声など、作曲者の「音響的記憶」が用いられている。ただし、それらは個人的な回想を直接描写するのではなく、抽象化された音色と振動の構造へ変換されている。楽譜は即興的に聞こえる音響を細部まで規定し、通常の五線譜に加えて、音色の推移、倍音関係、強弱やデシベル値などを複数の層で記す。演奏には極端な持続力と精密な音色制御が求められ、本作は伝統的な弦楽五重奏の響きを、巨大で流動的な一つの音響体へ変貌させた作品と位置付けられる。初演は大きな反響を呼び、その実況録音はNEOSによる《ドナウエッシンゲン音楽祭2006》に収録された。2008年には三部作全曲がアルディッティ弦楽四重奏団とモーによって録音され、Auroraから発売された。批評では、三部作はリゲティとクセナキスの中間を思わせる内省的な音色研究とも評され、終盤の奔流のようなトレモロが特に注目されている。