フジテレビや中居正広さんのトラブルに関して、週刊文春が記事の一部を訂正した。記事の一部とはいえ、該当箇所は「フジテレビの組織的な関与」に関わる重要な部分。フジテレビを巡る大騒動に、新たな展開になっている。 今回はいまだに注目を集め続けるフジテレビの件に関連して、もし私がフジ・メディアHDの社長や社外取締役だったら一体どう動くのかを考えてみたい。 ガバナンス改革の可能性や株主代表訴訟の行方を含め、「次なる一手」をフカボリしてみよう。 今週も、またしてもフジテレビの話である。 ただし、これまでと局面が変わった。というのも、週刊文春が当初報じていた内容が一部誤報だったと修正したからだ。 これまでの記事では、トラブルが発生した当日に女性は「フジテレビ社員A氏に誘われた」と報じられてきた。 この表現によって、当日にフジテレビ社員が“性接待”のような形でセッティングしていたかのような印象を世間に与え、企業の体質や社内文化まで含めて大きな糾弾の材料になってしまった。 実際に、広告主がCMなどを引き上げる直接的な原因にもなっている。 ところが、文春がその部分を「当日は社員が関与したわけではなかった」という趣旨の訂正を出した。 つまり、フジテレビ社員の紹介自体は事実でも、いわゆる「フジテレビが組織ぐるみで性接待を行った」と言えるような状況ではなかったのだ。 そうなると、2人の間で起こったトラブルの責任が、直接フジテレビの組織として問われるものではなくなり、大騒ぎの原因となったかなりの部分が誤報ということになる。 そして、現状のスポンサー離れや視聴者の不信感の大きな部分は「フジテレビが組織的にセッティングをしていたのではないか」という誤った前提が広まったことに起因している。 それを修正するには時間がかかりそうだ。少なくとも第三者委員会の発表が出るまでは、このまま膠着状態が続くだろう。 その間にもフジテレビの損害は拡大していくだろう。やはり、文春の責任は重いと言わざるを得ない。 もちろん、誤報があったとしても、フジテレビ経営陣の責任がまったくないわけではない。X子さんとの間で何らかの問題があったと認識しながらも、中居さんを起用し続けたこと自体には経営判断上のリスク管理の甘さがある。 では、今回のフジテレビの問題に関して、「もし私がフジ・メディアHDの社外取締役だったらどうするか」。あるいは「もし私がフジ・メディアHDの社長だったらどうするか」という観点で考えてみたい。〈もし私がフジ・メディアHDの取締役だったら…〉 まず、フジテレビでは社長が港浩一さんから清水賢治さんに交代することになった。(続く)