【皇室典範改悪を許すな】明治時代当初の皇室典範草案では「女性天皇や女系天皇が容認されていた」🍎皇室関連動画はこちらから一気に見れます↓ https://www.youtube.com/watch?v=723tAOB3SME&list=PLXB8DCSaSXx9U28d6pO4NEIQvnNlHwILI 🍎チャンネル登録はこちらから↓ http://www.youtube.com/channel/UCyGdJej-IK7N2nTSNu9MdJw?sub_confirmation=1 国会では、皇室典範の改正が議論されている。高市首相も、その案の取りまとめ役になっている衆議院の議長なども、今の国会で改正にこぎつけたくて仕方がない。なぜそんなに焦るのか。一部では愛子天皇待望論の更なる高まりを恐れて、国民世論の反発を避けるためと言われている。注目されるのは「皇室典範」という名称の由来だ。1890年(明治23年)、大日本帝国憲法施行時に定められた当初、皇室典範は法律ではなく天皇家独自の「家憲」だった。典範とは、手本となる正しい事柄の意味があり、皇室典範は、天皇家の「家憲」という形で定められた。家憲とは、それぞれの家の人間が守らなければならない掟である。ただ皇室典範の内容を決めたのは明治天皇ではなく、伊藤博文首相ら政治家だった。興味深いのは、10年に及ぶ制定過程で「皇統断絶防止」の現実策として、女性天皇や女系天皇を認める案が伊藤博文らによって真剣に検討され、決まりかけていたが、保守派による強力な反対にあり頓挫した経緯がある。もしその方向で決まっていれば、現在の「愛子天皇待望論」にも大きな影響を与えていた可能性がある。戦後、日本国憲法施行に伴い皇室典範は一般法律に変わったが、名称は「典範」のままです。以降、一度も改正されず、上皇陛下の生前退位も特例法で対応された。名称が「皇室法」だったら改正は容易だったかもしれない。その皇室典範を今度は高市総理がいっときの勢いで改正しようとしている。そもそもは「家憲」なのだから、政治家ではなく意思決定の場に皇族も参加させるべきです。あなたはどう思いますか。ぜひコメント欄で教えてくださいね。チャンネル登録もお願いします💕#天皇 #皇后 #天皇陛下 #雅子さま #愛子さま #美智子さま #紀子さま #佳子さま #皇室 #皇室典範 #悠仁さま #女性天皇 #愛子天皇 #男系男子 #悠仁天皇 #皇位継承 #敬宮愛子さまを皇太子に #直系長子に皇位継承を #女性総理は良くてなぜ女性天皇はダメなのか