文帝決起! 三元勲を処分【夕刊シチ 6月3日号 425年05月】

文帝決起! 三元勲を処分【夕刊シチ 6月3日号 425年05月】

【425年05月】資治通鑑原文3277文字(137/365位)【登場人物】・メインキャスト 5/12-陶淵明-6/5 5/25-劉義隆-7/2 5/30-拓跋燾-7/1 6/1-寇謙之-6/27 6/1-謝霊運-6/12・準メインキャスト 4/28-赫連勃勃▲ 5/4-沮渠蒙遜-6/12 5/4-馮跋-6/8 5/23-檀道済-6/14 5/23-崔浩-6/29 5/26-劉義慶-6/23【できごと】 徐羨之に傅亮、そして謝晦は文帝を立てた功績から位人臣を極めることになりました、が、これは表向きの栄華でしかありません。兄ふたりを殺した三人を、劉義隆は許すつもりがありませんでした。この気配を察知した傅亮は謝晦に警戒するよう手紙を送りました。謝晦も恐れをなし、遂には軍備を整え始めます。一方、文帝は檀道済については廃立に関わったとは言っても殺意まではなかったとして不問とし、むしろ自身の武力として頼るに至りました。そして軍備を整え、宣言します。「兄上らを殺したものの罪はその元凶のみを問うものとする」と。そして、建康にいた徐羨之および傅亮を召喚。追い詰められた徐羨之は逃げ出すも間もなくして自殺、傅亮は捕らえられ、「何故明主を立てたのに殺されねばならぬのだ!」と嘆きますが、間もなくして誅殺されます。残るは謝晦ですが、ここで文帝が檀道済に作戦を諮問しました。すると檀道済が答えます。「関中制圧戦はほぼ謝晦の主導でしたが、直接戦闘には長けていません。いざ戦いとなったら容易く捕らえられましょう」。そして、出陣。対する謝晦は徐羨之および傅亮を忠臣の死であると嘆いた上で、「陛下は琅邪王氏のものがらに騙されているのだ!」と声明を上げ、対抗しようとしますが、軍は檀道済の到着を聞くとあっさり崩壊。謝晦は囚われ、兄弟および党与もろとも処刑されました。こうして文帝は皇帝としての権威を正式に確立します。 しかし、一方でこのとき生まれた長男の相が危うい、この子は殺してしまうべきだ、と言われます。慌てて文帝はその提議を却下しました。生まれた子の名は劉劭と言います。将来に何かありますよ、という主張がかなり強いですね。いいと思います! またこの頃謝霊運や顔延之、そして僧侶の慧琳が文帝の側近となりました。とくに慧琳をうさんくさく書いています。 北魏はこの年、柔然を攻撃。一方、夏では赫連勃勃が死亡、赫連昌があとを継いでいました。このため乞伏熾磐が北魏に使者を遣わせ「いまが夏を伐つチャンスです!」と上奏しています。また仇池では楊盛が死亡、子の楊玄が立ちました。赫連勃勃の死は、西方情勢を大きく動かします。

http://www.nicovideo.jp/watch/ss46389391