資治通鑑原文1511文字(267/365位)【登場人物】・メインキャスト 5/25-劉義隆-7/2 5/30-拓跋燾-7/1 6/1-寇謙之-6/27 6/1-謝霊運▲・準メインキャスト 5/23-檀道済-6/14 5/23-崔浩-6/29 5/26-劉義慶-6/23 6/10-拓跋晃-6/30【できごと】 北魏はこの年、やや外交メインでした。馮弘からの和平の使者を却下した、娘を柔然に輿入れさせ、また柔然の娘も後宮に迎え入れた、などなど。それにしても北魏のこの滅ぼした国の王族の娘を積極的に后として迎え入れているのは何なのでしょうか。というか、鮮卑系はどこもそうですね。こうして歴史を追っていると不倶戴天の敵同士にしか思えないのですが、血統的にはかなり交わりあっているのが不思議です。 また、このタイミングで赫連昌が逃亡を図るも、殺されました。これで夏は正真正銘滅ぼされた形です。いちおう赫連勃勃 の娘は太武帝の皇后ではありましたが、両名の間に男児はありませんでした。未来に赫連姓の人物は結構いますが、どの程度赫連勃勃直系の人物がいたかは、やや心もとないです。 北燕は対等となることを諦め、ついには臣従する、と告げる使者を発しました。太武帝もこれを受け入れますが、しかしその証拠ともいうべき、子を人質として送ることを渋ります。臣下は「それをやったら魏に付け込まれるだけですぞ!」と諫めましたが、その臣下を馮弘は殺害。なので太武帝は北燕に侵攻、北燕領内で大いに略奪をなし、撤収しました。太武帝はそのあと平城の南に割拠していた山胡の討伐に出たのですが、なめてかかって危うく殺されかけたりと、おっちょこちょいな面も見せます。かわいい? ですね。ちなみにその山胡についてはあとで皆殺しにしました。 会稽に追い出され免官となった謝霊運はついに人間関係の不和から謀反を企みました。これは処刑相当の罪でしたが、文帝がその文才を惜しみ、流罪に減刑。しかしその配流途中でやはり謀反を企てたとのことで、結局は最終的に処刑されました。 漢中を落とされてしまった蕭思話は蕭承之を先鋒として仇池と戦い、何とか漢中を奪還しています。この頃仇池は裏でばっちり北魏と手を組んでいたんですが、この漢中争奪戦が収束すると宋に対して謝罪。宋も「ええんやで」と表向きは言っています。こうした綱引きをどう渡り歩くか、が、この二大国に挟まれた小国の宿命なのでしょう。とは言えそのやり取りは見ていてヒリヒリします。きっと春秋時代の鄭もこんな感じだったのでしょうね。なお漢中から逃げ出した甄法護は処刑されました。それはそう。