通鑑884文字(323/365位)【登場人物】・メイン 7/1-蕭道成-8/1 7/5-馮太后-8/10・準メイン 6/14-劉駿-7/14 6/27-劉彧-7/22【できごと】 孝武帝が見過ごせない詔勅を下します。「刺史・太守・県令が軍事行動を起こす際は、手詔を経て施行すること」。軍事行動は孝武帝の承認を得なければならない、というわけです。火急の件はその限りではないとされますが、これで孝武帝は、仮に火急であってもその正当性を認めなければ大逆と見なすことができるようになりました。 ここで、一人の人物が登場します。袁粲。宋書六十列伝の中で、たった六人にしか許されていない単巻単名の列伝を持つ人物です。もっとも六人の中で最も記述が薄いのですが。この人物は宋のその衰運、および滅亡を占う人物である、と言えます。その名前は時を追うごとに蕭道成のカウンター的存在として示されることになりますので、ぜひ拾っておいてください。 いよいよ次回に死亡する孝武帝ですので、もう少しだけそのおいたぶりにお付き合いください。今回紹介されるのは、二点です。 一点目。これまで臣下らに罵倒させ合っていた孝武帝でしたが、ここに来てご本人も手ひどく臣下を罵倒なさっていたと書かれます。またケツバット要員を抱えてだいたいの臣下にケツバットを見舞っていた、とも。その中で蔡興宗というひとだけは怖くてできなかったそうです。けっ、チキンが。 二点目。祖父の武帝すら罵っています。宋書武帝紀がエピソードのラストに持ってきた「武帝の暮らしぶりの慎ましさを目の当たりにして、田舎ジジイがうっかり皇帝になりやがって! と吐き捨てた」というエピソードを、孝武帝の最晩年に敢えてもってきています。なおその直後には「孝武帝の頭の良さや文学的才能は凄まじかった」とも書かれます。これは悪行への免責と言うよりも、「その罪がより重い」ことを主張したい感じなのでしょう。 ……というか、孝武帝の来歴を思えば、自身が皇室に生まれたこと、そのものに対して恨みを抱いていそうです。なにせ、どうにかして穏当な逃げ道を探そうとしたところを沈慶之によって潰されていますしね。ともなれば、皇帝に「させられた」ことに対する恨みは、孝武帝にとっての重要な判断基軸なのでしょう。 武帝の即位を「過ち」と嘲ったことには、孝武帝の先祖に対する呪詛を見出すのが正着なのでしょう。もっとも、その呪詛によって痛い目にあう赤の他人からすれば、ふざけんな、以外の感想もなさそうだよな、と思えてならないのです。 ともあれ、次話、ついに孝武帝崩御。その息子、さらにすごいです。