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【講義アーカイブ】『五輪九字明秘密釈』を読む 第5回(講師:亀山隆彦)[2020年11月25日]
※ この講義のレジュメ( http://ow.ly/lmma30rlMk3 )を配信しておりますので、適宜ダウンロードしてください。
院政期を代表する真言密教僧、覚鑁(1095~1144)には既にまとまった研究がいくつも存在するが、それらは等しくある研究課題を克服できないままと考える。日本仏教史であれ真言密教史であれ、従来の研究は常に覚鑁を一つないし複数の思想潮流の「中途」に位置付け、その観点からしか同僧とその思想の意義を分析してこなかった。
具体例をいくつか挙げておくと、覚鑁は空海没後、荒廃の極みにあった高野山と真言教学を「復興」し、後の真言宗隆盛の礎を作ったと先ず主張される。あるいは鎌倉中期の頼瑜(1226~1304)に先んじて、後の新義真言教学の基礎を樹立したともいわれる。さらに平安「旧」仏教から鎌倉「新」仏教への転換期に生き、それらの橋渡し役となる、法然や親鸞にとっての先駆の役割を果たしたと説かれることもある。今日の古義と新義の両真言宗、あるいは鎌倉「新」仏教を目的地とする道程の途中に、覚鑁のための場が設けられてきた。
フランスの哲学者であるルイ・アルチュセール(1918~1990)の言葉を借りれば、覚鑁は常に「目的地」を想定し「前未来形」で書かれる歴史の中で解釈され、その外に出ることは稀であった。このような「目的論的」(teleological)な理解から覚鑁とその言葉を解放し、同僧の思想の全体性・体系性を回復することこそが、本講義の最終的な目標である。
具体的には平安末期の日本仏教界と真言密教の状況を細かく把握した上で、覚鑁の主著ともいわれる『五輪九字明秘密釈』の読解を試みる。『五輪九字明秘密釈』は、非常に複雑な構造を有す文献でありながら、例えばその「密教浄土教」的な主張ばかり強調される等、総体として本書を読む試みはほとんどなされてこなかった。本講義では、まさにこの『五輪九字明秘密釈』を総体として読み、その中に隠された体系を解明すると共に、覚鑁の言葉や思考を規定していただろう深層の「規範」(paradigm)についても分析したい。
【講義アーカイブ】『五輪九字明秘密釈』を読む 第4回(講師:亀山隆彦)[2020年10月28日]
※ この講義のレジュメ( http://ow.ly/m2ZB30rhQqp )を配信しておりますので、適宜ダウンロードしてください。
院政期を代表する真言密教僧、覚鑁(1095~1144)には既にまとまった研究がいくつも存在するが、それらは等しくある研究課題を克服できないままと考える。日本仏教史であれ真言密教史であれ、従来の研究は常に覚鑁を一つないし複数の思想潮流の「中途」に位置付け、その観点からしか同僧とその思想の意義を分析してこなかった。
具体例をいくつか挙げておくと、覚鑁は空海没後、荒廃の極みにあった高野山と真言教学を「復興」し、後の真言宗隆盛の礎を作ったと先ず主張される。あるいは鎌倉中期の頼瑜(1226~1304)に先んじて、後の新義真言教学の基礎を樹立したともいわれる。さらに平安「旧」仏教から鎌倉「新」仏教への転換期に生き、それらの橋渡し役となる、法然や親鸞にとっての先駆の役割を果たしたと説かれることもある。今日の古義と新義の両真言宗、あるいは鎌倉「新」仏教を目的地とする道程の途中に、覚鑁のための場が設けられてきた。
フランスの哲学者であるルイ・アルチュセール(1918~1990)の言葉を借りれば、覚鑁は常に「目的地」を想定し「前未来形」で書かれる歴史の中で解釈され、その外に出ることは稀であった。このような「目的論的」(teleological)な理解から覚鑁とその言葉を解放し、同僧の思想の全体性・体系性を回復することこそが、本講義の最終的な目標である。
具体的には平安末期の日本仏教界と真言密教の状況を細かく把握した上で、覚鑁の主著ともいわれる『五輪九字明秘密釈』の読解を試みる。『五輪九字明秘密釈』は、非常に複雑な構造を有す文献でありながら、例えばその「密教浄土教」的な主張ばかり強調される等、総体として本書を読む試みはほとんどなされてこなかった。本講義では、まさにこの『五輪九字明秘密釈』を総体として読み、その中に隠された体系を解明すると共に、覚鑁の言葉や思考を規定していただろう深層の「規範」(paradigm)についても分析したい。
【講義アーカイブ】『五輪九字明秘密釈』を読む 第3回(講師:亀山隆彦)[2020年9月23日]
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院政期を代表する真言密教僧、覚鑁(1095~1144)には既にまとまった研究がいくつも存在するが、それらは等しくある研究課題を克服できないままと考える。日本仏教史であれ真言密教史であれ、従来の研究は常に覚鑁を一つないし複数の思想潮流の「中途」に位置付け、その観点からしか同僧とその思想の意義を分析してこなかった。
具体例をいくつか挙げておくと、覚鑁は空海没後、荒廃の極みにあった高野山と真言教学を「復興」し、後の真言宗隆盛の礎を作ったと先ず主張される。あるいは鎌倉中期の頼瑜(1226~1304)に先んじて、後の新義真言教学の基礎を樹立したともいわれる。さらに平安「旧」仏教から鎌倉「新」仏教への転換期に生き、それらの橋渡し役となる、法然や親鸞にとっての先駆の役割を果たしたと説かれることもある。今日の古義と新義の両真言宗、あるいは鎌倉「新」仏教を目的地とする道程の途中に、覚鑁のための場が設けられてきた。
フランスの哲学者であるルイ・アルチュセール(1918~1990)の言葉を借りれば、覚鑁は常に「目的地」を想定し「前未来形」で書かれる歴史の中で解釈され、その外に出ることは稀であった。このような「目的論的」(teleological)な理解から覚鑁とその言葉を解放し、同僧の思想の全体性・体系性を回復することこそが、本講義の最終的な目標である。
具体的には平安末期の日本仏教界と真言密教の状況を細かく把握した上で、覚鑁の主著ともいわれる『五輪九字明秘密釈』の読解を試みる。『五輪九字明秘密釈』は、非常に複雑な構造を有す文献でありながら、例えばその「密教浄土教」的な主張ばかり強調される等、総体として本書を読む試みはほとんどなされてこなかった。本講義では、まさにこの『五輪九字明秘密釈』を総体として読み、その中に隠された体系を解明すると共に、覚鑁の言葉や思考を規定していただろう深層の「規範」(paradigm)についても分析したい。
【講義アーカイブ】『五輪九字明秘密釈』を読む 第2回(講師:亀山隆彦)[2020年8月26日]
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院政期を代表する真言密教僧、覚鑁(1095~1144)には既にまとまった研究がいくつも存在するが、それらは等しくある研究課題を克服できないままと考える。日本仏教史であれ真言密教史であれ、従来の研究は常に覚鑁を一つないし複数の思想潮流の「中途」に位置付け、その観点からしか同僧とその思想の意義を分析してこなかった。
具体例をいくつか挙げておくと、覚鑁は空海没後、荒廃の極みにあった高野山と真言教学を「復興」し、後の真言宗隆盛の礎を作ったと先ず主張される。あるいは鎌倉中期の頼瑜(1226~1304)に先んじて、後の新義真言教学の基礎を樹立したともいわれる。さらに平安「旧」仏教から鎌倉「新」仏教への転換期に生き、それらの橋渡し役となる、法然や親鸞にとっての先駆の役割を果たしたと説かれることもある。今日の古義と新義の両真言宗、あるいは鎌倉「新」仏教を目的地とする道程の途中に、覚鑁のための場が設けられてきた。
フランスの哲学者であるルイ・アルチュセール(1918~1990)の言葉を借りれば、覚鑁は常に「目的地」を想定し「前未来形」で書かれる歴史の中で解釈され、その外に出ることは稀であった。このような「目的論的」(teleological)な理解から覚鑁とその言葉を解放し、同僧の思想の全体性・体系性を回復することこそが、本講義の最終的な目標である。
具体的には平安末期の日本仏教界と真言密教の状況を細かく把握した上で、覚鑁の主著ともいわれる『五輪九字明秘密釈』の読解を試みる。『五輪九字明秘密釈』は、非常に複雑な構造を有す文献でありながら、例えばその「密教浄土教」的な主張ばかり強調される等、総体として本書を読む試みはほとんどなされてこなかった。本講義では、まさにこの『五輪九字明秘密釈』を総体として読み、その中に隠された体系を解明すると共に、覚鑁の言葉や思考を規定していただろう深層の「規範」(paradigm)についても分析したい。
【講義アーカイブ】真言密教の哲学 第2回(講師:亀山隆彦)[2020年6月3日]
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歴史学者の黒田俊雄が、顕密体制(けんみつたいせい)と名づける宗教・政治の複合システムの研究を通じて明らかにしたように、いわゆる中世と呼ばれる、平安時代末期から室町時代にかけての日本仏教界の主流は、浄土教でも禅宗でも日蓮宗でもなく、平安初期の空海・最澄・円仁・円珍等により請来された密教であった。
より正確にいえば、中世期の仏教のもっとも一般的な形態は、先行する奈良の諸仏教思想に複雑な密教の儀礼、さらに即身成仏(そくしんじょうぶつ)や法身説法(ほっしんせっぽう)のような密教教学が結びついたものであった。それこそが、前述の「顕」(顕教=南都仏教)と「密」(密教=真言・天台密教)の複合システム、顕密体制である。黒田も強調するように、顕密のそれぞれの教えを一つに編み上げた中世独特の仏教は、国家の護持から皇族・貴族の個人的な祈願に至る様々な局面で、大きな影響力を発揮した。
このような黒田の問題提起は歴史学を越えて、仏教学や日本宗教学にも大きなインパクトを与え、近年は末木文美士を筆頭に、このテーマにアプローチする研究者も増えた。その成果として、平安末~鎌倉~室町期の政治・科学・哲学と深く結びついた、中世日本に独自の密教思想の存在も徐々に明らかになりつつある。このような中世日本仏教に関する最新の研究動向を紹介することが、本講義の第一の目的である。
さらに、中世日本密教に特徴的な思想・哲学として、五蔵曼荼羅(ごぞうまんだら)や胎内五位(たいないごい)といった教えに集約される、独特の身体論が挙げられる。この身体論に関しても、近年研究者の注目を集めているが、その全貌はいまだ詳らかではない。本講義では、中世密教僧の即身成仏、縁起、瑜伽の哲学的言説に加えて、灌頂や修法といった密教儀礼の解釈学を合わせて検討することで、その構造の解明に取り組む。
【講義アーカイブ】真言密教の哲学 第1回(講師:亀山隆彦)[2020年5月27日]
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歴史学者の黒田俊雄が、顕密体制(けんみつたいせい)と名づける宗教・政治の複合システムの研究を通じて明らかにしたように、いわゆる中世と呼ばれる、平安時代末期から室町時代にかけての日本仏教界の主流は、浄土教でも禅宗でも日蓮宗でもなく、平安初期の空海・最澄・円仁・円珍等により請来された密教であった。
より正確にいえば、中世期の仏教のもっとも一般的な形態は、先行する奈良の諸仏教思想に複雑な密教の儀礼、さらに即身成仏(そくしんじょうぶつ)や法身説法(ほっしんせっぽう)のような密教教学が結びついたものであった。それこそが、前述の「顕」(顕教=南都仏教)と「密」(密教=真言・天台密教)の複合システム、顕密体制である。黒田も強調するように、顕密のそれぞれの教えを一つに編み上げた中世独特の仏教は、国家の護持から皇族・貴族の個人的な祈願に至る様々な局面で、大きな影響力を発揮した。
このような黒田の問題提起は歴史学を越えて、仏教学や日本宗教学にも大きなインパクトを与え、近年は末木文美士を筆頭に、このテーマにアプローチする研究者も増えた。その成果として、平安末~鎌倉~室町期の政治・科学・哲学と深く結びついた、中世日本に独自の密教思想の存在も徐々に明らかになりつつある。このような中世日本仏教に関する最新の研究動向を紹介することが、本講義の第一の目的である。
さらに、中世日本密教に特徴的な思想・哲学として、五蔵曼荼羅(ごぞうまんだら)や胎内五位(たいないごい)といった教えに集約される、独特の身体論が挙げられる。この身体論に関しても、近年研究者の注目を集めているが、その全貌はいまだ詳らかではない。本講義では、中世密教僧の即身成仏、縁起、瑜伽の哲学的言説に加えて、灌頂や修法といった密教儀礼の解釈学を合わせて検討することで、その構造の解明に取り組む。
【般若心経】仏前勤行次第 ~吉祥寺ver~ Shingon Esoteric Buddhism
開経偈から廻向までの読経です。お経を読誦する時の参考になれば幸いです。映像はスマホで撮影したので小さくなってしまいましたが、吉祥寺本堂です。インスタグラムhttps://www.instagram.com/akiyamafudo/?hl=ja
「弘法大師の生涯」第77回黒田裕樹の歴史講座 2/3
この動画は第77回黒田裕樹の歴史講座「空海を学ぶ ~弘法大師の生涯~」のうち「弘法大師の生涯」の講演を、令和4(2022)年3月に新たに収録したものです。
動画のレジュメは「黒田裕樹の百万人の歴史講座」から入手できます。ぜひご加入ください。過去からの全てのレジュメを読むことができます。今なら10,000円で永久会員です!
http://1000000reki.jugem.jp/
黒田裕樹の歴史講座
http://rocky96.blog10.fc2.com/
黒田裕樹の歴史道場
https://rekishidojo.com/
黒田裕樹の歴史講座・メルマガ編
https://www.mag2.com/m/0001672748
#黒田裕樹
#空海
#弘法大師
#高野山
#真言宗
#黒田裕樹の歴史講座
2022.-9.17 高尾山交通安全祈願祭「火のまつり」柴燈大護摩供の貫首渡火
2022.-9.17 高尾山交通安全祈願祭「火のまつり」柴燈大護摩供の貫首渡火の映像です。
2022.-8.20 高尾山薬王院 「灯りの巡礼」柴燈大護摩供 その2
2022.-8.20 高尾山薬王院の仏舎利塔前・根本道場で行われた 「灯りの巡礼」柴燈大護摩供の映像です。
2022.-8.20 高尾山薬王院 「灯りの巡礼」柴燈大護摩供
2022.-8.20 高尾山薬王院の仏舎利塔前・根本道場で行われた 「灯りの巡礼」柴燈大護摩供の映像です。
リーブレイ 我が一族は禁うなぎ @reebray #TTVR 第64回放送 5分で得意話をするエンタメ型プレゼン企画 2022年7月24日 #cluster にて開催
#TTVR では5分間でプレゼンをして知識や知見を共有するノンジャンルエンタメ型プレゼンテーション企画。clusterはiPhone Android Mac Windows VRからバーチャル会場へ参加可能。直接お越し頂き、エモーション使い、会場を盛り上げてください。登壇内容は1人5分以内で自由です。■登壇応募 https://forms.gle/RnyNNTx78R1RJrYe6 から■TTVRに関する詳細・お問合せ https://bit.ly/3448zRf をご覧ください。■登壇者Twitter https://twitter.com/reebray
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2022.-3.13 高尾山薬王院 火渡り祭「柴燈大護摩供」その2
2022.-3.13に行われた高尾山薬王院 火渡り祭「柴燈大護摩供」から一般の方の火渡り
2022.-3.13 高尾山薬王院 火渡り祭「柴燈大護摩供」
2022.-3.13に行われた高尾山薬王院 火渡り祭「柴燈大護摩供」から一般の方の火渡り
2022.-3.13梵天神輿、高尾山薬王院火渡り祭会場へ輸送
2022.-3.13火渡り祭で加持される梵天神輿を保管していた高尾山薬王院不動院から自動車祈祷殿広場へ輸送
真言宗の古刹 「上不見山 極楽寺」 広島県廿日市市(極楽寺山山頂付近)
廿日市市の極楽寺山693m山頂付近にある古刹。1200年を超える歴史がある。
本堂は毛利元就の寄進で再興されたもの。天明年間大きな修理が行われているらしいので、現存する本堂建立時の永禄年間の木材は少ないという。
周囲はモミの原生林があり大変自然豊かな場所。時に野猿の姿もある。
正規の参道は登山道であります。この日も登山客が何組かいましたね。
残念なのはよく知らないため寺務所横の赤樫の巨樹を見忘れたこと^^; 何度来てるかダメだね。
境内展望所からは広島湾の島々が見える。
他に蛇の池があり、睡蓮が夏には咲いて綺麗です。周りを散策できます。
阿弥陀大仏様 は今期は参拝せず。
同山にいたナナフシsm39550620
音楽
のる様作 ニコニコ・モンズより
「雫 ~優しく穏やか メロディックなピアノソロ~」
十三佛とは?【お仏壇ちゃんねる】
☆未来へ伝えたい「感謝のこころ」。
私たちは、お仏壇や寺院仏具を通じて、伝統工芸品の素晴らしさ、そして生きる事の大切さを伝えていきます。
寺院用御仏具荘厳・仏壇・墓石・神具の総合センター
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仏壇の飾り方 真言宗 【お仏壇ちゃんねる】
☆未来へ伝えたい「感謝のこころ」。
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【神道シリーズ・シーズン2】第9回・中世日本紀(密教勢力によって書き換えられた「日本書紀」)
今回は、中世に真言系密教勢力を中心になされた「日本書紀」のストーリーの密教的改竄によって、ある意味、それまで庶民はおろか天皇・公家・貴族たちすらまったく注目してなかった8世紀に朝廷によって(人工的に)作成された日本書紀に息吹を与えた「中世日本紀」のお話をします。
実は、今日地方に伝わる祭のストーリーも中世期に書かれた(中世)日本紀のストーリーが題材になってるものがほとんどを占めていると言っても過言ではありません。
ある意味、日本の「神概念」が形成されたのも鎌倉から室町にかけての、密教勢力による日本書紀書き換え作業が作り出したとも言えるでしょう。
【神道シリーズ】第87回・八百万の神㉜鳥海山大権現(真言と天台の係争の場・鳥海山修験)
鳥海山(ちょうかいさん)は、かつて出羽三山(現在は羽黒山・月山・湯殿山)の一つとして羽黒山、月山とともに数えられたことがありますが、山形県の五山(羽黒山・月山・湯殿山・葉山・鳥海山)の中では標高(2236m)でダントツで最高であり、山麓を含めた面積も他山を圧倒的に凌いでいるにもかかわらず影の薄い存在となっています。
鳥海山は奈良時代から朝廷と蝦夷の戦いの最前線にあり、朝廷は大物忌(おおものいみ)神社(祭神は鳥海山大権現)を建て、仏経的な意味で血穢や死穢を清める意味での「物忌」を願い、殺害した蝦夷の祟りを恐れて鎮霊の為にこの神社を創建しました(6世紀後半・欽明期)。
平安以降は真言宗と天台宗の修験が進出し、両宗派ともに神宮寺や大物忌神社の社僧(神社に常駐する僧侶)として神社の実験を握り、その主導権を両宗派によって明治前まで争い続けました。
明治の神仏分離令で鳥海山修験が禁止された為に鳥海講は衰え、その後消滅の道を辿り、今では大物忌神社そのものは残っているものの、その信仰を支えた修験道の消失で現在は登山地・観光地としてだけ注目されるようになりました。
尾道古寺巡り 国宝の寺 浄土寺 ( 寺院と庭園拝観 ) 広島県尾道市
広島県尾道市 真言宗泉涌寺派 転法輪山 大乗院 浄土寺 多宝塔は国宝指定されている。聖徳太子開基と伝承される古寺。堂内(建物外観のみ撮影可)江戸期の庭園拝観、境内拝観
歴史は古く聖徳太子開基と言われる港町尾道を代表する古刹寺院です
平安〜鎌倉中期まで真言宗高野山直系寺院〜鎌倉時代末期から真言律宗〜江戸時代から真言宗泉涌寺派
本堂ほか諸堂は幾度か焼けており、再建され現存する堂宇は鎌倉時代末期〜室町時代の建築で多宝塔は 国宝指定。
尾道は古来海上交通の要衝で、盛んに船が行き交い商業が栄え、軍事的にも要の地でした。
尾道の大商人の経済を背景に諸堂が再建された。
鎌倉時代末期〜幕府を開いた足利尊氏などとも縁が深く崇敬されたと言われます。
足利義満の武将 九州探題今川了俊も尾道で軍備を整えたと言われるそうです。
二回目の参詣でした。
今回は本堂へお参りし内陣拝観をしました(堂内や方丈内は撮影禁止)宝物館も見学いたしました。本堂や阿弥陀堂の歴史ある諸仏像は素晴らしく迫力ありました。受付の人が詳しく説明してくれます。
珍しいのは阿弥陀堂裏に蓮如上人の揮毫した名号がかけてあったりしました。
御寺への参道風景、山門、本堂外観などと本堂裏の建物や唐門(方丈側から)方丈の庭〜江戸期に築庭の泉水庭園がメインです。庭園をうまく撮影するのは難しいです。
説明では御本尊から紐が伸び須弥壇前に垂れ下がっている、僧侶は様々儀式ではこれを持ち拝する また、ご開帳時はこれが伸ばされ本堂前で参詣する人々のところまで伸ばされるといいます。
境内伽藍=国宝多宝塔、唐門、阿弥陀堂、護摩堂、子安堂、宝篋印塔、納経塚など
鎮守社丹生高野明神は修復中でした。
*泉水庭園(江戸時代 徳島の隠士長谷川千柳 築庭)で江戸後期作庭とか言われます。
見えにくいですが築山の前側が泉というか池になっている。
サムネは浄土寺 境内庭園と茶室遠望
【神道シリーズ】第20回・天神信仰(真言密教僧(道賢)によって広まった御霊信仰)神道関係無し①
【神道シリーズ】第20回・天神信仰(真言密教僧(道賢)によって広まった御霊信仰)神道関係無し①
日本の御霊信仰は、8世紀の聖武天皇の時代の長屋王の変や9世紀の桓武天皇の時代の早良(さがら)親王事件などの第一期御霊信仰と、菅原道真の大宰府左遷での憤死のよる
菅公(道真)御霊(怨霊)に始まる第二期御霊信仰の二期に分かれます。
第一期での鎮霊は雑密の法相宗の僧侶たちによってなされ、第二期になると真言宗の僧侶たちによってなされてます。
第一期では朝廷内だけでの御霊信仰でしたが、第二期の道真の御霊信仰は、吉野峯真言修験僧の道賢(どうせん)が自らの臨死体験を綴った「道賢上人冥途(めいど)記」の中で蔵王菩薩が現れ、道賢を道真の御霊である大政威徳天に会わせられ、そこで地獄の煉火の中で苦しむ藤原時平や醍醐天皇の姿を見せられた上で(道賢)に「日蔵」という名前を与えてもらった、という話が書かれています。
この逸話は朝廷のみならず農民を中心とする民衆の間にも広く広まり、自在天神、大富天神などの名で全国に広まります。
その天神信仰は御霊信仰を越えて農民の田歌や田楽にも影響を与え今様(いまよう)歌として広まり今日に続いていきます。
【散策物語】那谷寺を散策 2017Autumn ~石川県小松市~
初めてお邪魔した那谷寺でしたが途中でカメラのバッテリー切れ
【納経印めぐり】真言宗十八本山を巡ってみた 後編
2017年春、小豆島遍路のお礼参りも兼ねて、真言宗の各宗派の大本山を巡る「真言宗十八本山」を巡ってみました。後編は京都市内。祭事中の東寺や醍醐寺などに行きます。
でも今回初登場の寺院は9寺院中2寺院だけだったりします。
2017年にっぽん「ふるさと」風景の旅
マイリスト→mylist/58074233
#21(真言宗十八本山前編)→sm31331899
#23(西日本島巡りの旅 春編)→sm31338210
【納経印めぐり】真言宗十八本山を巡ってみた 前編
2017年3月6日の善通寺参拝から和歌山港に到着したあとの行程と、散発的に行った真言宗十八本山をめぐる旅行をまとめました。前編は和歌山、奈良、大阪、兵庫の各府県が中心となります。
2017年にっぽん「ふるさと」風景の旅
マイリスト→mylist/58074233
#19(小豆島お遍路の満願)→sm31174798
#20(善通寺参拝を含めた)→sm31320184
#22(後編/京都市内の十八本山)→sm31334014
真言宗 妙法寺を訪ねる(Short take radio12)
今日は秋の真言宗 妙法山を訪ねてみました。大自然の中にある真言宗のお寺です。優しい感覚のするお寺で、見ていて気持ちがいいです。
成田山系の御護摩とかで読んでいる、内容の多くです。2分の2。
成田山など、不動護摩の御祈願時に、読誦している御次第で、
お経や御真言などの、多くを読みました。
ご祈願中に何を読んでいるのかの参考や、お経の類を聴きたい時に、どうぞ。
合掌
成田山系の御護摩とかで読んでいる、内容の多くです。2分の1。
成田山など、不動護摩の御祈願時に、読誦している御次第で、
お経や御真言などの、多くを読みました。
何を読んでいるのかの参考や、お経の類を聴きたい時に、どうぞ。
合掌