リスト:「システィナ礼拝堂にて」S.461

リスト:「システィナ礼拝堂にて」S.461

Youtubeからの転載です( https://www.youtube.com/watch?v=tkAMKzRSrjc )。1861年、フランツ・リストは長年住んでいたヴァイマルを離れ、ローマに移住します。その翌年である1862年にアレグリ「ミゼレーレ」とモーツァルト「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を自由に組み合わせて編曲し、ピアノ独奏曲「システィナ礼拝堂にて」S.461としました。この年、リストは26歳の長女ブランディーヌを亡くしており、その後は教会音楽や宗教的作品の作曲に没頭するようになります。このことから、「システィナ礼拝堂にて」には娘を亡くした彼の悲しみが少なからず影響を与えているとみる向きもあります。ヴァレリー・トライオン(ピアノ)

http://www.nicovideo.jp/watch/sm35030188