小糸のワルツ

小糸のワルツ

「ぴゃあ!」聞き慣れた声で意識が覚醒する。腰のあたりに見慣れた小糸のつむじがあった。小糸は私の手をとって急かすように引っ張ってくる。はいはいわかったわかったと、エスコートされながら、今は夢の中なんだろうと考えていた。重たい扉を小糸と開けると、そこはコンサートホール。誰もいない、貸切状態だ。「あは〜、円香先輩来た〜」「おーい、こっちこっち」…………訂正。勝手知ったるふたりもいる、幼馴染貸切状態だ。誘われるまま透の右隣の席に着く。いつの間にか小糸がいないことに気づき雛菜の方を見やるが、それでも見当たらない。「ねぇ、小糸は?」「え? あー、いないね。そういえば」「へ〜? ここに来た時にはもういなかったよ〜?」何かあったのか、と席を立ったところで開演のブザーが鳴り響き、緞帳が上がり始めた。「樋口」透に呼ばれ、捜しに行こうとしていた足を止める。見れば、目線は舞台へと注がれていた。広い舞台の中心に、グランドピアノが一台。演奏するのは、他ならぬ小糸だった。どうやら小糸の演奏会だったらしい。なら楽しんでいこうと、改めて席に着く。演奏は静かに始まった。・小糸たちが最後の一音を奏できり、静寂が訪れる。素晴らしい演奏に、私たちは拍手を贈る。身内贔屓ではあるかもしれないが、それでも心から感動したのは事実だ。私だけではなく、透や雛菜も「ブラボー、ブラボー」「小糸ちゃんすごい〜!」と称賛していた。小糸の元へ行こうと席を立つ。すると。「ぴゃ?」通路に小糸が立っていた。ステージにはまだ七人小糸がいる。頭から血の気が引いていくのがわかった。「へ〜? どういうこと? 小糸ちゃんがいっぱい〜!」「ふふ、やば」ふたりもようやく、この不思議な状況に気づいたようだ。我が夢ながら、本物のように鈍い反応をする。ふと気づく。これは私の夢だ。ならば小糸が増えるくらいどうってことはない。すると突然、通路にいた小糸が私の手に噛み付いてきた。まるで、私の甘い考えを噛み砕くと言わんばかりに。「────っ、離して……!」少し乱暴に小糸を振り払う。振り払われた小糸は再び襲いかかることはせず、じっとこちらを見つめている。歯形が残るほど噛まれた痛みと、べっとりと手に付いた唾液のうとましさが、嫌な現実感を押し付けていた。P.S.コイケストラは元々「クラシックをぴゃ楽器で」という発想から来ているため、オーケストラである必要はない……はず。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm39861119