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「作家・三浦綾子の生き様にふれて」初代秘書・宮嶋裕子氏講演会
三浦綾子読書会関西地区主催
「作家・三浦綾子の生き様にふれて」
初代秘書・宮嶋裕子氏講演会
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●2023年5月27日(土)午後2時~4時
●大阪クリスチャンセンター
●主催:三浦綾子読書会関西地区
●後援:ミッションからし種
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●お問い合わせ
横谷俊一:yokobib9@sensyu.ne.jp
正田早苗:cherry8wind@icloud.com
遠藤優子:yuyurhoda@gmail.com
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●宮嶋裕子氏
1948年生まれ、北海道育ち。農村伝道神学校保育科卒業。
1970年より作家三浦綾子の初代秘書。
1972年結婚のため退職。7年間、自宅で学童保育を行う。
1999年3月、2代目秘書が召天、再び秘書になる。
同年10月三浦綾子氏召天後、綾子氏の夫、光世氏の秘書となる。
現在は、三浦文学を語り伝えるべく各地で講演し、エッセイ「初めまして宮嶋裕子です」をブログにて連載。
茨城県在住。三女の母。
日本同盟基督教団土浦めぐみ教会会員。
著書
『三浦家の居間で 三浦綾子-その生き方にふれて』マナブックス
『神様に用いられた人 三浦綾子』教文館
『生きるということ』三浦綾子氏と共著 教文館
CD「ガリラヤの風かおる丘で」いのちのことば社
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#三浦綾子 #三浦綾子読書会 #宮嶋裕子 #講演会 #読書会 #読書 #秘書 #玉造 #大阪 #occ #reading #lecturemeeting
【蓄音機】NHKラジオ「教授の休日」~蓄音機&SPレコード特集~【2017.05.03放送】
出演:黒崎政男(哲学者)、梅田英喜(蓄音機愛好家)、道谷眞平(NHKアナウンサー)
録音の際交通情報がかぶったため、冒頭のみ少し欠けあり。うp主(桔梗刈萱)もお便りを取り上げて貰ったりなんかしています。
登場する曲
1. ヨハン・シュトラウス2世「アンネン・ポルカ」クレメンス・クラウス(1929年)
2.「聞かせてよ、愛の言葉を」シュシエンヌ・ボワイエ(1930年)
3.「愛の言葉を」山田道夫(1933年)
4.「二つの愛(二人の愛人)」ジョセフィン・ベーカー(1930年)
5.「二つの愛の唄(シャンソン・ダムール)宝塚小唄」三浦時子(1931年)
6.「新しい酒の歌」ヴィリー・フリッチ(1931年)
7.「この世の天国」奥田良三(1932年)
8. ラフマニノフ「前奏曲 No.10」ムスティフラフ・ロストロポーヴィチ(1950年代)
9. スカルラッティ「ソナタニ短調」ディヌ・リパッティ(1947年)
10. バッハ「主よ、人の望みの喜びよ」同(1947年)
11. シューマン「ピアノ協奏曲」第1楽章から リパッティ:ピアノ、ヘルベルト・フォン・カラヤン:指揮、フィルハーモニア管弦楽団(1948年)
12.「ア・ティスケット・ア・タスケット」エラ・フィッツジェラルド(1938年)
13.「バードランドの子守歌」同(1954年)
14.「ミッドナイト・サン」同(1957年)
15. ショパン「夜想曲 No.8」モーリツ・ローゼンタール(1936年)
16. ビュータン「セレニテ」ジャック・ティボー(1922年)
17. ブラームス「ワルツ No.10」ヨーゼフ・ヴォルフシュタール(1926年)
蓄音機関連で、今までに作ったもの◆ジャズ&ポピュラー→mylist/27895604 クラシック→mylist/21661610
金ほどありがてぇもんはねぇな
日本語音声 ダイジェスト
オリジナルは126分ですがこちらは94分のダイジェスト版となっておりますのでご了承下さい
画面に酷いノイズが発生している箇所がございますのでご了承下さい
古い音源のため音声にお聞き苦しい箇所がございますのでご了承下さい
諸事情により音声が無音処理されている箇所がございますのでご了承下さい
<深海、もうひとつの宇宙> 北里 洋((独)海洋研究開発機構東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチームプロジェクト長)@ジュンク堂池袋本店
2015/1/7収録『深海、もうひとつの宇宙――しんかい6500が見た生命誕生の現場』(岩波書店)刊行記念北里 洋((独)海洋研究開発機構東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチームプロジェクト長)「『しんかい6500』、伝説のアトランティス大陸の痕跡を発見か?」 2013年5月上旬、メディアを騒がせたニュースを覚えていますか。この「発見者」が、『深海、もうひとつの宇宙――しんかい6500が見た生命誕生の現場』刊行を記念してトークイベントを行いました。 (独)海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、2013年に潜水調査船「しんかい6500」による1年がかりの研究航海を行いました。太平洋、インド洋、大西洋(カリブ海)の生態系の、地球的規模の調査・研究です。本はその記録です。深海には400℃を超える熱水、メタン・硫化水素を含む湧水、1万mを超える超深海海溝域などの極限的な世界が広がり、それぞれの場所に適応して特殊な機能をもつ「常識はずれ」の生物が生息していました。それは、ホネクイハナムシや巨大ヨコエビだけではありません。北里さんは、地球に残された最後のフロンティアで何を感じたのでしょう。本では語れなかった、血湧き肉躍る冒険と数々の発見の裏話を、スライドやビデオをお見せしながらお伝えします。《北里洋(きたざと・ひろし)》1948年東京都生まれ.1976年東北大学大学院理学研究科博士課程修了.静岡大学理学部教授,(独)海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域 領域長などを経て,現在,同機構東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチームプロジェクト長.専門は地質学,地球生命科学,深海生物学,海洋微古生物学.2010年日本古生物学会賞(横山賞)受賞.著書に『日本の海はなぜ豊かなのか』(岩波書店),共編著書に『地球の進化・生命の進化』(裳華房),『古生物の総説・分類』(朝倉書店),『地球生物学』(東京大学出版会),『古生物学事典(第2版)』(朝倉書店)などがある.趣味は音楽鑑賞。
【神道シリーズ・シーズン3】第49回・植芝盛平の生涯【後編】
第一次大本弾圧事件を難なく逃れた植芝盛平は、1924年(大正13年)2月、出口王仁三郎が仮出獄の身でありながらも、満蒙の地に宗教国家の建設を目指して満州に渡り、盛平もそれに随伴することとなった。張作霖配下の馬賊・盧占魁(ろ せんかい)の率いる「西北自治軍」と共にモンゴルへ向かうが、盧の独走を疑った張の策謀により幾度も死の危機に晒されることになり、張作霖軍からの銃撃にも合うが、その時は盛平は敵弾が来る前に「光のツブテ」が飛んでくるのが見え、それを避けることで敵弾から逃れるという体験をした。このパインタラ事件と呼ばれる事件で、盛平を含む王仁三郎一行は九死に一生を得る体験をするが、無事帰国した後は、王仁三郎は霊界物語の著述に精を出し、植芝盛平は、その霊界物語に影響を受けながら柔術の研鑽と弟子の指導に専念した。
しかし、満州で経験した「光のツブテ」は、「突如大地が鳴動し黄金の光に全身が包まれ宇宙と一体化する」幻影に襲われるという神秘体験とともに起こり、これが気の妙用という武術極意に達することとなる、盛平は、これを黄金体体験と呼び、自らの合気道を創設するための大きな開眼となったのである。
その後、後に起こる第二次大本教弾圧事件を予見した王仁三郎の勧めもあり1927年(昭和2年)より東京へ移住することとなり、同時に柔術師匠の武田惣角から次第に距離を置くようになった。
1931年(昭和6年)48歳。新宿区若松町に道場「皇武館」を設立、激しい稽古振りから「地獄道場」と呼ばれる。この頃の教授対象は皇族・華族・軍人・警察官・実業家・武道家の子弟など一部の層に限られた。入門に当たっては身元の確かな2人以上の保証人を条件とし、無頼の輩に悪用されぬよう公開を厳しく制限した。また軍部の要請で、陸軍戸山学校・憲兵学校・中野学校・海軍大学校などで武術指導を行った。
その後、国情は日中戦争、太平洋戦争と日本が深く大戦にのめり込んで行く中、陸海軍の幹部軍人を始め、軍人を中心とした合気道の訓練の師範として次々と要請があり、盛平はそうした軍人らの稽古、訓練に多忙な日々を過ごして行った。
太平洋戦争終戦の1945年(昭和20年)東京の本部道場は空襲による焼失を免れるも、62歳になった盛平のところには、道場への避難民収容や復員した弟子たちが集まり、岩間の道場と東京の本部道場の復興に努め、どちらも復興を果たし、ここに東京と岩間を軸に戦後皇武会の活動が始まった。
1948年(昭和23年)2月9日に「皇武会」は「財団法人合気会」(初代理事長・富田健治)と改称、岩間の合気苑を本部とし、改めて文部省の認可を受け、この時はじめて正式に「合気道」を名乗るようになり、盛平は初代合気道「道主」となった。
【神道シリーズ・シーズン3】(思想編)王仁三郎の死と戦後の大本
昭和25年1945年8月15日の日本の敗戦以降、10月17日には第二審まで有罪になっていた王仁三郎ら大本幹部たちは敗戦による大赦令で二審の有罪判決がすべて無効になり、翌年からは愛善苑という名称でどこの教団の傘下ではない完全独立した宗教法人として教団活動を再開することとなった。
しかし、戦後の大本の再開は、実は再開と言うよりも新生と言った方が相応しいほどの一大方針転換であった。
戦前に大本の昭和神聖会が掲げた皇道大本主義や弥勒革命論は完全に放棄し、一方で大正時代より根付いていた
万教同根主義に基づく世界宗教連合運動や、陶芸、短歌、詠歌、書道などの芸術創作活動に重点を置き、戦前とは打って変わり、世直しのような政治活動とは完全に距離を置いた新しい宗教活動が開始された。
王仁三郎は「芸術は宗教の母である」とし、大正時代より学んでいた楽焼という、ろくろを使わず、内窯と言われる小さな窯を使った陶器制作に精を出し、京都から持ち込んだ10-15年分の陶芸材料を1年で使い果たしてしまうほど楽焼茶碗の作品作りに熱中した。
王仁三郎の作品は専門家から高く評価され、陶原評論家の加藤義一郎氏に「耀盌」と命名され、その後、国内外から高い芸術的価値を認められた。
しかし、王仁三郎は、1946年(昭和21年)8月、脳溢血で倒れ、2年後の1948年(昭和23年)1月19日には遂に帰らぬ人となり76年の波乱に満ちた生涯を閉じた。
その後、大本は王仁三郎の反戦平和人類宗教平等主義を引き継ぎ、戦後の着実な発展を続けたが、1980年代になると教祖の継承問題をめぐって三つの教団に分裂することとなる。
第3代教主の直日の第4子で長男の京太郎が二代目王仁三郎を襲名する意思を明らかにすると、王仁三郎の3女の八重野の息子・和明(やすあき)と直日の長女で教祖後継者であった直美の夫の栄二が強く反発し、教祖直日のナンバー2の京太郎は栄二と和明の役職を解任した上で両者を教団から追放し、教祖継承者には直美が外され、直日の3女の聖子(きよこ)に変更された。
追放された和明と栄二はそれぞれに大本本部を相手に地位確認の訴訟を起こすが、この裁判は10年に渡って争われた後、栄二と和明はともに訴訟を取り下げた上で、それぞれ愛善苑と大本信徒連合会という別教団を立ち上げ、大本主流と袂を分かつこととなった。
現在の大本は戦前の最盛期の勢いには遠く及ばないものの、平田神道系カルトからは決別し、出口なおの時代の万教同根主義と反戦人類平等主義が貫かれることになったのである。
【元世界記録】Victoria3 言葉よりも行動を!(Deeds, not Words! 女性参政権)RTA 1時間20分6秒40 1845年6月7日
更新しました→(sm41900120)
史実のベルギー女性参政権(1948年)どころか、史上初の女性参政権(1869年ワイオミング州)よりも20年以上早い記録に。
多分うちのPCの重さ、そして生放送と同期して行った関係上、多分もう少し早い記録は出てくるかと思います(笑)。
本レギュレーションのSpeedrun.com
https://www.speedrun.com/vic3/level/Deeds_Not_Words?h=RTA_NS5&x=l_owop40o9-5dwxgwn2
生放送:lv340482240(要タイムシフト)
撮影・動画作成環境
Victoria3 1.1.2(1280x720)+OBS Studio 29.0.2+Aviutl
Victoria3 Copyright©2022 Paradox Interactive AB www.paradoxplaza.com
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女性参政権ですが、基本的に賛成するのが労働組合のみ、インテリは後見人からの場合のみ賛成(財産を持つ女性のほうを支持する)というところです。
さらに、改革論者が来た場合は後見人・女性の職場進出・女性参政権がいずれも中立(財産を持つ女性のみ支持)になってしまうので、この場合はリセットになってしまいます(1敗)。
ゲームを進めるとフェミニズムが一気に広まるイベントが発生しますが、技術IVが必要なイベントですので、そこまで向かうと大ロスになります。
ベルギーは2ステートで、後見人スタートと非常に効率的(?)な国になっています。おそらくこの国が一番簡単でしょう。
山本一太の直滑降ストリーム@Cafesta ゲスト:菅義偉内閣官房長官
“大臣×大臣”など他では見られない番組を届けてきた
「山本一太の直滑降ストリーム」が、装い新たに
「安倍自民党総裁ネット戦略アドバイザー
山本一太の直滑降ストリーム@Cafesta」として再スタート!
2016年4月13日(水)のゲストは、
菅 義偉 内閣官房長官です。
どんな対談になるのか、ぜひご覧ください。
◆菅 義偉(衆議院議員) オフィシャルHP / オフィシャルブログ
1948年12月生まれ/法政大学法学部卒業
1996年衆議院議員総選挙にて神奈川2区より初当選(以後連続当選6期)
国土交通大臣政務官、経済産業大臣政務官、総務副大臣、総務大臣、
自民党選挙対策総局長、自民党組織運動本部長、自民党幹事長代行などを歴任
現在、内閣官房長官、沖縄基地負担軽減担当大臣。
◆山本一太(参議院議員) 公式HP / 公式Twitter(@ichita_y)
1958年1月群馬県生まれ/中央大学法学部卒業/米国ジョージタウン大学大学院修了
1995年参議院議員通常選挙にて初当選(現在当選4回)
外務副大臣、外務政務次官、参議院外交防衛委員長、参議院自民党政策審議会長、
自民党外交部会長、内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策 科学技術政策 宇宙政策)、
海洋政策・領土問題担当、情報通信技術(IT)政策担当などを歴任。
現在、自民党総裁ネット戦略アドバイザー。
■「山本一太の直滑降ストリーム」チャンネルは ⇒ こちら
■過去の生放送番組をタイムシフトで視聴されたい方は ⇒ こちら
わが心にかくも愛しき (私の心よ)
腕白少年とツンデレおばさんと黒い仔羊の物語。
映画『わが心にかくも愛しき (私の心よ)』 (原題 : So Dear to My Heart)
【キャスト】
ジェレマイア:ボビー・ドリスコール ティルディ:ルアナ・パットン
ハイラムおじさん:バール・アイヴス おばあさん:ビューラ・ボンディ
審査委員長:ハリー・ケリー グランディーさん:レイモンド・ボンド
ナレーター:ジョン・ビール (声) フクロウ:ケン・カーソン (声)
青い鳥:ザ・リズマイヤーズ (声) 効果音:クラレンス・ナッシュ (声)
ロバート1世:サール・レイブンズクロフト (声)
【監督】ハロルド・D・シュスター (実写)/ハミルトン・ラスク (アニメ)
【脚本】モーリス・ラッフ/テッド・シアーズ/マーク・デイヴィス/
ケン・アンダーソン/ビル・ピート
【原作】スターリング・ノース『Midnight and Jeremiah』
【製作】ウォルト・ディズニー/ロイ・O・ディズニー 【音楽】ポール・J・スミス
【撮影】ウィントン・C・ホック 【編集】ロイド・L・リチャードソン/トーマス・スコット
【製作会社】ウォルト・ディズニー・プロダクションズ 【配給】RKOラジオ・ピクチャーズ
【公開】1948年11月29日(シカゴ先行公開)/1949年1月19日 (アメリカ合衆国)/1951年9月2日 (日本)
www.DeepL.com/Translator (無料版) で翻訳しました。(機械翻訳使用で所々不自然ですが大意は伝わるよう努めました)
<マル激・前半>ガザのジェノサイドを黙殺してはならない/岡真理氏(早稲田大学文学学術院教授)
ガザで今、何が起きているかを知りながら何もしないことは、加害者に加担することと同じだ。アラブ文学が専門でパレスチナ情勢に詳しい早稲田大学文学学術院教授の岡真理氏がこう語り、日本のマスコミ報道や市民社会の姿勢に対する苛立ちを露わにする。
実際、ガザでは毎日100人以上の一般市民がイスラエル軍によって殺されている。そしてその大半は何の罪もない子どもたちだ。
しかも、イスラエルによる電気や水、食料などの封鎖により、230万人のガザの市民生活は崩壊の淵に瀕している。パレスチナ自治区ガザ地区の保健省は3月21日、昨年10月戦闘開始以降のガザ側の死者が3万1988人にのぼると発表した。また、国連の世界食糧計画(WFP)は3月18日、ガザの人口の半分に相当する111万人が飢餓のリスクに晒されるとの見通しを明らかにしている。
にもかかわらず、日本ではガザの惨状はほとんど報道されなくなっている。メディアはドジャースの大谷翔平の通訳の賭博問題に多くの時間を割く一方で、爆撃のみならず栄養失調や劣悪な衛生環境が原因で日々、多くの子ども達が死んでいる現実をほとんど報じていない。
しかし、岡氏が指摘するように、イスラエルは意図的にすべてのインフラを停止し、病院を次々と爆撃して破壊している。パレスチナの市民を根絶やしにしようとしているとしか思えない。これは21世紀のジェノサイドに他ならない。ジェノサイドを放置することは、人類史に汚点を残すことになる。
イスラエルは10月7日のハマスの「テロ行為」に対する報復を主張し、西側先進国は自衛権を理由にイスラエルの攻撃を容認してきた。しかし、そもそもこれが10月7日のハマスによる攻撃の報復であるという受け止め方自体が、パレスチナの歴史をまったく理解していないことの反映だと岡氏は言う。
元々イスラエルは建国当初から、パレスチナの地からパレスチナ人を放逐して、ユダヤ人だけの国家建設を目指していた。それが今日、665万人ものパレスチナ難民を生んでいた。更にイスラエルは2007年、ユダヤ人入植者とイスラエル軍をガザから完全撤退すると同時に、ガザを完全封鎖した。以来ガザは「世界最大の野外監獄」と言われるような状態が続き、ガザの人々は自治権を認められないまま、生殺与奪をイスラエルに握られた中で暮らしてきた。元々農業や漁業で生計を立てる人が多い地域だったが、農産物の域外への販売は制限され、漁業水域も大幅に限定されたため、ガザは経済的に成り立たない状態に陥った。失業率も46%にのぼる。
まさに生き地獄と表現されるような状況の下で、しかも国際社会がまったく助けてくれない中、侵略者イスラエルに対する抵抗権の行使としてハマスは奇襲攻撃を行った。それに対する報復が今も続いているイスラエルのガザに対する軍事攻撃だ。
今回のハマスの奇襲攻撃とイスラエルによる軍事侵攻を正しく認識するためには、そもそもイスラエル建国時の1947年の国連分割決議の矛盾点にまで立ち返る必要があると岡氏は言う。
ナチスのホロコーストを生き延びたものの帰るところがなくなったユダヤ人難民が戦後、ヨーロッパに大量に生まれた。戦争に勝利して新たな国際秩序を構築しなければならない連合国側にとっては、彼らをどうするかが戦後処理の最大の課題の一つだった。そこで連合軍や国連は、パレスチナの地に帰ろうというパレスチナ人のシオニズム運動を利用しようと考え、1947年11月、国連総会でパレスチナの土地を2つに分割し、イスラエルに57%の土地を与える決議が採択された。それが1948年のイスラエル建国につながっていった。しかし、これはホロコーストを止められなかったことの贖罪とヨーロッパのユダヤ難民問題の解決を、まったく関係のないパレスチナ人に全て押し付けることを意味していた。
国連決議当初から、このような分割案は決してうまくいかないという批判があった。特に、このような案ではパレスチナ側の生存権が守られないとの指摘が根強かった。しかし、世界が冷戦体制に突入する中、アメリカとソ連はパレスチナ問題やユダヤ難民問題に深く関与している余裕はなく、結果的にすべての負担をパレスチナに押し付けることで、無理矢理この問題の解決を図ってしまった。
国連安保理は3月22日、アメリカが提案したパレスチナ自治区ガザの即時停戦を呼びかける決議案を中国、ロシアの拒否権によって否決した。結局、イスラエルの軍事行動はまだ止まらないということだ。そして、ガザの市民の犠牲はこの先も増え続けることになる。
「われわれに何ができるか」との問いに、岡氏は「できることは何でもしなければならない」と答えた。罪のない人命が失われていることを知りながら、これを黙って見ていることは、われわれが何よりも大切にしなければならない人権という価値観を自らの手で日々、破壊していることになる。
まずはガザで今何が起きているのかを知り、そのような惨劇が起きている歴史的な背景を知った上で、日本が、そしてわれわれ一人一人が何をすべきかなどについて、岡真理氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の吉見俊哉が議論した。
後半はこちら→so43565914
(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
【世界記録】Victoria3 言葉よりも行動を!(Deeds, not Words! 女性参政権)RTA 1時間10分15秒13 1845年2月8日
先日出した世界記録?(sm41877549)を、時間にして10分、ゲーム時間にして4ヶ月ほど短縮。
史実のベルギー女性参政権(1948年)どころか、史上初の女性参政権(1869年ワイオミング州)よりも20年以上早い記録に。
反省点をうまくいかし、なおかつ法律が1発で通れば、あと1年は短縮できるかなってところ。
本レギュレーションのSpeedrun.com
https://www.speedrun.com/vic3/level/Deeds_Not_Words?h=RTA_NS5&x=l_owop40o9-5dwxgwn2
撮影・動画作成環境
Victoria3 1.1.2(1280x720)+OBS Studio 29.0.2+Aviutl
Victoria3 Copyright©2022 Paradox Interactive AB www.paradoxplaza.com
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今回の反省
前回建設に苦戦した反省から、建設を最小限にしつつも大学・行政府はそれなりに用意するという計画でプレイ。
しかし今回もジンテーゼを8ヶ月ほど余らせる結果に。もう少し早くてよかったかな?
鳩山友紀夫×下斗米伸夫対談「緊迫するウクライナ情勢と日本」
3月10日(月)20時からのUIチャンネル放送は、ロシアの専門家であり、法政大学法学部教授の下斗米伸夫をお招きして鳩山友紀夫×下斗米伸夫対談「緊迫するウクライナ情勢と日本」をお送り致します。下斗米伸夫氏プロフィール1948年北海道札幌市出身。法政大学法学部教授。法学博士。 専攻は比較政治論,ロシア・CIS 政治・ソ連政治史。 1971年に東京大学法学部を卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程に進学し、文部省派遣留学でソビエト連邦モスクワの留学を経て、1978年に、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。1998年から2001年まで朝日新聞客員論説委員をつとめる。2002年から2004年まで日本国際政治学会理事長。また、2003年、10月20日のAPEC首脳会合の際の日露首脳会談において設立が合意された日露賢人会議のメンバーである。昭和63年法政大学法学部教授となり、現在に至る。
2月時局講演会「韓日関係と朝鮮労働党」【前半】講師:『統一日報』主幹 洪熒(ホンヒョン) 2023/02/09 赤坂区民センター
洪熒
「統一日報」論説主幹
1948年生まれ。ソウル出身。陸軍士官学校卒業。歩兵将校として野戦部隊の小隊長などを経て国防部勤務。外務部へ転職後、駐日韓国大使館で参事官と公使を務める。退官後、早稲田大学客員研究員, 桜美林大学客員教授を経て、現在、統一日報論説主幹。訳書に『蜃気楼か?中国経済』など。
参考:
『ウィキペディア(Wikipedia)』より
統一日報(とういつにっぽう)とは、在日韓国人によって株式会社統一日報社から発行されている日本の新聞。
概要[編集]
朝鮮半島が2つの国(大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国)に分断されている現状を、在日韓国・朝鮮人や日本人に広く知らしめ、朝鮮半島の南北統一を訴えるために刊行された。
本社は東京都港区元赤坂にあり、韓国のソウルに支社がある。代表取締役は姜昌萬。
在日韓国・朝鮮人を対象とした新聞のため、基本的に日本語での発刊となっており、定期的に発刊されている韓国語の書籍は現在のところ存在しない(発行計画は存在する)。
他に、在日韓国人名録などを発行している。
なお、名称で誤解されることがあるが統一教会系の世界日報とは一切関係なく、統一日報のサイトにも「特定宗教団体」と関係がない旨が表記されている。
動画リスト:
2月時局講演会「韓日関係と朝鮮労働党」【前半】講師:『統一日報』主幹 洪熒(ホンヒョン) 2023/02/09 赤坂区民センター
https://www.nicovideo.jp/watch/sm41782461
②後半
https://www.nicovideo.jp/watch/sm41786478
③率直でユニークな質問が出ました!【質疑応答】
https://www.nicovideo.jp/watch/sm41790183
ディヌ・リパッティのショパン "ワルツ集"全14曲、他
【ディヌ・リパッティのショパン "ワルツ集"全14曲】ディヌ・リパッティ(Pf)、1950年(ワルツ、マズルカ)、1948年(舟歌)、1947年(夜想曲)
【曲目】1.ワルツ第4番ヘ長調 作品34-3、2.ワルツ第5番変イ長調 作品42、3.ワルツ第6番変ニ長調 作品64-1、4.ワルツ第9番変イ長調 作品69-1、5.ワルツ第7番嬰ハ短調 作品64-2、6.ワルツ第11番変ト長調 作品70-1、7.ワルツ第10番ロ短調 作品69-2、8.ワルツ第14番ホ短調 遺作、9.ワルツ第3番イ短調 作品34-2、10.ワルツ第8番変イ長調 作品64-3、11.ワルツ第12番ヘ短調 作品70-2、12.ワルツ第13番変ニ長調 作品70-3、13.ワルツ第1番変ホ長調 作品18、14.ワルツ第2番変イ長調 作品34-1、15.舟歌 嬰ヘ長調 作品60、16.夜想曲変ニ長調 作品27-2、17.マズルカ 嬰ハ短調 作品50-3
みるく世や やがて-沖縄・名護からの発信 浦島悦子(著者)@ジュンク堂那覇店
2016/1/31収録出演:浦島悦子さん(著者)豊穣の海を破壊し、地域住民の生活やコミュニティを脅かす辺野古新基地建設。沖縄・島ぐるみの「米軍基地NO」が、戦争への道にあらがう最前線となっている。稲嶺市長とともにその大きなうねりをつくりだしてきた名護の、激動の5年。浦島悦子(うらしまえつこ) 1948年鹿児島県薩摩川内市に生まれる。名護市在住。1991年「闇のかなたへ」で新沖縄文学賞佳作受賞。1998年「羽地大川は死んだ」で週刊金曜日ルポルタージュ大賞報告文学賞受賞。
医者がひた隠すがん治療の真実 宗像久男先生
講演会フル「統合医学医師の会公開講演会」ワールドフォーラム連携企画2011年10月
※宗像久男先生が2021年9月22日(享年73歳)急逝されました。宗像久男先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
出典・ワールドフォーラム
https://www.youtube.com/channel/UC0D596LYDZO95xGiNAGYs2g
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◆宗像久男先生プロフィール・・・1948年福島県生まれ、昭和45年3月早稲田大学社会科学部卒業 1975年早稲田大学大学院経済研究科国際経済学専攻、96年3月長崎大学医学部卒業、2004年ナチュラルクリニック代々木開設、医療法人社団・一友会初代院長に就任、07年CCSクリニック院長に就任、08年医療法人社団一友会・理事長就任後、11年銀座ヘルスケアクリニック院長就任。
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2月時局講演会「韓日関係と朝鮮労働党」【後半】講師:『統一日報』主幹 洪熒 2023/02/09 赤坂区民センター
洪熒
「統一日報」論説主幹
1948年生まれ。ソウル出身。陸軍士官学校卒業。歩兵将校として野戦部隊の小隊長などを経て国防部勤務。外務部へ転職後、駐日韓国大使館で参事官と公使を務める。退官後、早稲田大学客員研究員, 桜美林大学客員教授を経て、現在、統一日報論説主幹。訳書に『蜃気楼か?中国経済』など。
参考:
『ウィキペディア(Wikipedia)』より
統一日報(とういつにっぽう)とは、在日韓国人によって株式会社統一日報社から発行されている日本の新聞。
概要[編集]
朝鮮半島が2つの国(大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国)に分断されている現状を、在日韓国・朝鮮人や日本人に広く知らしめ、朝鮮半島の南北統一を訴えるために刊行された。
本社は東京都港区元赤坂にあり、韓国のソウルに支社がある。代表取締役は姜昌萬。
在日韓国・朝鮮人を対象とした新聞のため、基本的に日本語での発刊となっており、定期的に発刊されている韓国語の書籍は現在のところ存在しない(発行計画は存在する)。
他に、在日韓国人名録などを発行している。
なお、名称で誤解されることがあるが統一教会系の世界日報とは一切関係なく、統一日報のサイトにも「特定宗教団体」と関係がない旨が表記されている。
動画リスト:
2月時局講演会「韓日関係と朝鮮労働党」【前半】講師:『統一日報』主幹 洪熒(ホンヒョン) 2023/02/09 赤坂区民センター
https://www.nicovideo.jp/watch/sm41782461
②後半
https://www.nicovideo.jp/watch/sm41786478
③率直でユニークな質問が出ました!【質疑応答】
https://www.nicovideo.jp/watch/sm41790183
山本一太の直滑降ストリーム ゲスト:菅義偉官房長官(2013/05/17放送)
今週の「直滑降ストリーム」のゲストは、今を時めく菅義偉官房長官。
安倍内閣の大黒柱として総理を支える「政界のアニキ」に、自らの政治哲学、
安倍総理への思い、安倍政権の政策課題等を熱く語ってもらいます!
乞うご期待!!
◆菅 義偉(衆議院議員) オフィシャルHP
オフィシャルブログ
1948年12月生まれ/法政大学法学部卒業
1996年衆議院議員総選挙にて神奈川2区より初当選(以後連続当選6期)
国土交通大臣政務官、経済産業大臣政務官、総務副大臣、総務大臣、
自民党選挙対策総局長、自民党組織運動本部長、自民党幹事長代行などを歴任
現在、内閣官房長官、自民党神奈川県支部連合会会長
◆山本一太(参議院議員) twitter : @ichita_y)
1958年1月生まれ/中央大学法学部卒業/米国ジョージタウン大学大学院修了
1995年参議院議員通常選挙にて群馬選挙区より初当選(現在当選3回)
外務政務次官、外務副大臣、参議院外交防衛委員長、
参議院自由民主党政策審議会長、自民党政務調査会長代理などを歴任
現在、内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策 科学技術政策 宇宙政策)、
情報通信技術(IT)政策担当、海洋政策・領土問題担当
パール判事は何を問いかけたのか~東京裁判知られざる攻防~.
第二次世界大戦で日本が降伏した後の1946年(昭和21年)5月3日から1948年(昭和23年)11月12日にかけて行われた、連合国が「戦争犯罪人」として指定した日本の指導者などを裁いた一審制の裁判のことである。
この裁判が終わって70年立った現在、我々人類は進歩してるのだろうか?と色々考えされてしまう内容ですね。
左翼当に消されてしまうかもしれませんが、一人でも多くの人に見て貰いたいです。
<マル激・前半>本来は厳格なはずの日本の政治資金規正法の下で政治とカネの問題が後を絶たない理由/孫斉庸氏(立教大学法学部准教授)
問題は法律そのものではなく、法の運用と意図的に作られた抜け穴にある。
未曾有の政治不信を引き起こしている裏金問題を受けて、国会で政治資金規正法の改正審議が始まった。しかし、残念ながら不祥事の当事者である自民党は、本気で実効性のある改正を行う気はさらさらないようだ。
そもそもここまで自民党から出てきている案は、おおよそ政治不信を払拭できるような踏み込んだものではない。しかも、与党内で公明党と調整した上で提出することになる与党案をゴールデンウィーク明けまで引き延ばしてしまった。これは4月28日の3補選の前に法案を出し渋ったからだろう。これでは、有権者を納得させられるような厳しい改正案を出す気がさらさらないことを、法案提出の前に宣言しているようなものだ。
政治とカネの問題は日本のみならず、多くの国が頭を悩ませてきた問題だ。政治活動が選挙運動や政策立案などに一定の資金を必要とする一方で、一歩まちがえば、カネは政治腐敗を生んだり、政策を歪めるような癒着といった、民主主義の屋台骨を揺るがすような問題を引き起こす可能性を孕んでいるからだ。かと思えばアメリカのように、政党や政治家に寄付をすることは国民の「政治意思の表明」という意味で表現の自由という憲法上の権利として保護されなければならないと考えられている国もある。
日本は今国会で政治資金規正法の改正を審議することになる。何ら実効性のない自民党案は論外としても、この審議は有権者として注視する必要がある。それは、いたずらに政治資金に対する規制を厳しくしても、政治とカネの問題の根本的な解決方法にならないことが明らかだからだ。
政治学者で立教大学法学部准教授の孫斉庸氏は各国の政治資金規制を、企業献金が認められているか、どこまで報告・公開を課しているかなど40以上のカテゴリーで詳細に比較した上で、それぞれの国の政治資金規制の厳格さをランク付けしている。それによると、実は日本の政治資金規正法は国際的に見ても厳しい部類に入るのだという。例えば、スイスやスウェーデンなど民主主義が成熟していると見られる国の多くでは、政治家個人への企業・団体献金が認められていたり、収支報告の公開義務さえない国もある。
興味深いのは、日本よりも政治資金に対する規制が厳しい国はメキシコやチリ、ポーランドなど過去に政治腐敗が指摘されたり汚職事件が多く起きている、いわばまだ民主主義が成熟していない国が多い。孫氏は政治資金規制が厳しいということは、法律を厳しくしなければ有権者の政治不信を払拭することができないような政治が行われていたり、過去に汚職や疑獄などが頻発していることの反映であり、これは必ずしも誇れることではないと指摘する。
確かに日本では政治家個人への企業・団体献金は禁止されているし、一定額以上の寄付に対しては寄付者の公開義務も課されている。民主政の国々、とりわけ北ヨーロッパの国々の中には、この程度の制限すらない国が多い。どうやら日本の政治とカネ問題の本質は法律の条文にあるのではなく、本来は制限されているはずの政治資金に多くの抜け穴があったり、実際にカネが物を言う選挙や政治が行われているところに根本的な問題があると言えそうだ。
日本の政治資金規正法は1948年の制定以来、過去に主に9回の改正を繰り返してきた。孫氏はそのたびにほぼ今回と同じような問題が指摘されてきたが、結果的に自民党は本質的な問題を解決せずに、弥縫策で切り抜けてきたと語る。
例えば、企業献金は仮に認めるにしてもその出と入をガラス張りにしなければ、経済政策が歪められる恐れがあることは誰にでもわかることだ。しかし、過去の自民党の政治とカネ問題はほぼ例外なく企業や業界団体からの違法献金だった。今回のパーティ券裏金問題も、そもそも政治資金パーティ自体が企業献金の抜け穴として作用しているものだ。自民党は企業献金が問題になるたびに、これを「企業・団体献金」などと呼ぶことで労働組合などからの献金と並立させたり、「赤旗」のような政党の機関誌からの収入もその範疇に入れるべきなどと主張することによって、野党や世論を揺さぶることで結果的に企業献金を生き残らせることに成功してきた。
国際的には日本は政治家個人への企業や団体からの献金は禁止されているため、OECD加盟国の中でも政治資金規制が「厳しい国」に分類されているが、実際は政党や政党支部への企業献金は1億円まで認められていることに加え、政治資金パーティのパーティ券購入という、一見最もらしいが明らかに脱法的な寄付行為によって、企業献金が政党のみならず政治家個人にも渡っていたことが、今回の裏金スキャンダルで白日の下に晒された。二階幹事長に党から5年間で50億円近い資金が流れていたことが明らかになっているが、政党から政治家個人への寄付や政治団体間の資金移動に制限はなく、しかもその資金が「政策活動費」の名目で全く使途を明らかにされないまま闇から闇へ消えている。このようなことが許されている国が、先進国の中でも政治資金規制が「厳しい部類に入る」などということがあり得るわけがない。
つまり、今日本が集中すべきは、いたずらに政治資金規正法を厳格化するのではなく、今ある制度の下で多くの政治家が当たり前のように使っている「抜け穴」を一つ一つしっかりと埋めていくことだ。さもなくば、このままでは日本は、「世界で最も厳しい政治資金規制がありながら、もっとも政治が腐敗している国」という不名誉な称号が与えられることになりかねない。
抜け穴については、先週のマル激でもご紹介している通り、上脇博之・神戸学院大学教授が理事を務める政治資金センターと、ビデオニュース・ドットコムで「ディスクロージャー・アンド・ディスカバリー」の司会を務める三木由希子氏の情報公開クリアリングハウスが共同で提出した意見書にある17項目の改正・修正が最低でも必要だ。これはいずれも制度そのものの改正ではなく、現行法の運用の改善やより高度な透明化(ガラス張り化)を求めるもので、仮にこの改正をすべて行っても、日本の政治資金規制の厳しさランキングが今よりあがることはないだろう。
有権者は形ばかりの厳格化に騙されてはならない。繰り返すが、必要なのは厳格化ではなく、今ある制度の下で堂々とまかり通っている抜け穴を一つ一つ埋めていくことなのだ。
孫氏は今の政治不信は日本にとっては大きなチャンスにもなり得ると、期待を込めて指摘する。日本、とりわけ万年与党たる自民党は、ここまで政治資金スキャンダルが起きるたびに意図的に抜け穴を残したまま弥縫策で誤魔化してきたが、ここにきていよいよそれが誤魔化しきれなくなっている。これを奇貨とすることで日本が、例えばAIを活用した政治資金収支報告書のデジタルデータ化を導入するなどして、世界の各国の模範となるような優れた、そして透明性の担保された政治資金規制を確立することは十分に可能だと孫氏は言う。そして、その成否はわれわれ有権者にかかっている。
国際的に見て政治資金規制が厳しいはずの日本で政治腐敗が止まらないのはなぜなのか、なぜあからさまな抜け穴が放置され続けてきたのか、誰が政治資金の透明化を阻んできたのか、日本の政治が有権者の信頼を取り戻すためにはどのような政治資金制度の改正が求められているのかなどについて、立教大学法学部准教授の孫斉庸氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
後半はこちら→so43714382
(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
チャイコフスキー 交響曲第5番 チェリビダッケ指揮 LPO 1948年7月
ようつべ転載 チャイコフスキー 交響曲第5番 チェリビダッケ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 Kingsway Hall 1948年7月
ドホナーニ・エルネー(エルンスト・フォン・ドホナーニ):交響曲第2番 ホ長調 作品40
Youtubeからの転載です(https://www.youtube.com/watch?v=iE_NdQyKTes)。
ハンガリー出身のピアニスト・作曲家で、指揮者クリストフ・フォン・ドホナーニの祖父として知られる
ドホナーニ・エルネー(作曲家名エルンスト・フォン・ドホナーニ 1877 - 1960)は4歳年下のバルトー
クや5歳年下のコダーイのようにハンガリー土着の民族音楽に軸足を移すことなく、最後までブラームス
の系統に連なる後期ロマン派の作風を土台とする作品を発表し続けました。
ドホナーニは交響曲を2曲作曲していますが、評価が高いのは第2番 ホ長調 作品40になります。第二次世
界大戦中の1943年にブダペストで作曲に着手し、作曲途中にドホナーニはソ連軍の侵攻を逃れてウィーン
に移住して、そこで1945年にいったん作品を完成させます。しかし1948年の初演では評価されることは
ありませんでした。その後、1953~57年に全面的な改訂を行い、これが最終稿として1957年に初演され
て、一定の評価を得ることが出来ました。
作品は伝統的な4楽章構成の交響曲で、作曲中にドホナーニが周囲で味わった戦争に対する不安が作品の
内容に影響を与えており、ドホナーニ自身は作品の意図について説明する際に愛読書から引用して「偉大
な闘いの終わりに終着点がある。終着点は死であり、生は闘争である」と要約しています。
音楽様式としては、ブラームスやワーグナーをはじめとする作曲家の影響をドホナーニが咀嚼したものと
なっていますが、作品中で最も大きな影響を与えているのはバッハで、第4楽章は彼の歌曲「甘き死よ来
たれ」(Komm, süßer Tod)BWV478に基づく変奏曲とフーガという様式になっており、ドホナーニは
この楽章の終結部で「死に対する生の勝利」を表現したと述べています。
マティアス・バーメルト指揮
BBCフィルハーモニック
平尾貴四男『ヴァイオリン・ソナタ』(1947)『ピアノ・ソナタ』(1948)
平尾貴四男(明治40年/1907年-昭和28年/1953年) 『ヴァイオリン・ソナタ』(昭和22年/1947年) ヴァイオリン:沼田園子 ピアノ:蓼沼明美 ① Moderato 00:00 ② Andante 09:10 ③ Maestoso - Vivacissimo 18:50 『ピアノ・ソナタ』(昭和23年/1948年) ピアノ:井上直幸 ① Allegro molto 27:20 ② Lento 35:42 ③ Allegro assai 42:38
<マル激・後半>ガザのジェノサイドを黙殺してはならない/岡真理氏(早稲田大学文学学術院教授)
ガザで今、何が起きているかを知りながら何もしないことは、加害者に加担することと同じだ。アラブ文学が専門でパレスチナ情勢に詳しい早稲田大学文学学術院教授の岡真理氏がこう語り、日本のマスコミ報道や市民社会の姿勢に対する苛立ちを露わにする。
実際、ガザでは毎日100人以上の一般市民がイスラエル軍によって殺されている。そしてその大半は何の罪もない子どもたちだ。
しかも、イスラエルによる電気や水、食料などの封鎖により、230万人のガザの市民生活は崩壊の淵に瀕している。パレスチナ自治区ガザ地区の保健省は3月21日、昨年10月戦闘開始以降のガザ側の死者が3万1988人にのぼると発表した。また、国連の世界食糧計画(WFP)は3月18日、ガザの人口の半分に相当する111万人が飢餓のリスクに晒されるとの見通しを明らかにしている。
にもかかわらず、日本ではガザの惨状はほとんど報道されなくなっている。メディアはドジャースの大谷翔平の通訳の賭博問題に多くの時間を割く一方で、爆撃のみならず栄養失調や劣悪な衛生環境が原因で日々、多くの子ども達が死んでいる現実をほとんど報じていない。
しかし、岡氏が指摘するように、イスラエルは意図的にすべてのインフラを停止し、病院を次々と爆撃して破壊している。パレスチナの市民を根絶やしにしようとしているとしか思えない。これは21世紀のジェノサイドに他ならない。ジェノサイドを放置することは、人類史に汚点を残すことになる。
イスラエルは10月7日のハマスの「テロ行為」に対する報復を主張し、西側先進国は自衛権を理由にイスラエルの攻撃を容認してきた。しかし、そもそもこれが10月7日のハマスによる攻撃の報復であるという受け止め方自体が、パレスチナの歴史をまったく理解していないことの反映だと岡氏は言う。
元々イスラエルは建国当初から、パレスチナの地からパレスチナ人を放逐して、ユダヤ人だけの国家建設を目指していた。それが今日、665万人ものパレスチナ難民を生んでいた。更にイスラエルは2007年、ユダヤ人入植者とイスラエル軍をガザから完全撤退すると同時に、ガザを完全封鎖した。以来ガザは「世界最大の野外監獄」と言われるような状態が続き、ガザの人々は自治権を認められないまま、生殺与奪をイスラエルに握られた中で暮らしてきた。元々農業や漁業で生計を立てる人が多い地域だったが、農産物の域外への販売は制限され、漁業水域も大幅に限定されたため、ガザは経済的に成り立たない状態に陥った。失業率も46%にのぼる。
まさに生き地獄と表現されるような状況の下で、しかも国際社会がまったく助けてくれない中、侵略者イスラエルに対する抵抗権の行使としてハマスは奇襲攻撃を行った。それに対する報復が今も続いているイスラエルのガザに対する軍事攻撃だ。
今回のハマスの奇襲攻撃とイスラエルによる軍事侵攻を正しく認識するためには、そもそもイスラエル建国時の1947年の国連分割決議の矛盾点にまで立ち返る必要があると岡氏は言う。
ナチスのホロコーストを生き延びたものの帰るところがなくなったユダヤ人難民が戦後、ヨーロッパに大量に生まれた。戦争に勝利して新たな国際秩序を構築しなければならない連合国側にとっては、彼らをどうするかが戦後処理の最大の課題の一つだった。そこで連合軍や国連は、パレスチナの地に帰ろうというパレスチナ人のシオニズム運動を利用しようと考え、1947年11月、国連総会でパレスチナの土地を2つに分割し、イスラエルに57%の土地を与える決議が採択された。それが1948年のイスラエル建国につながっていった。しかし、これはホロコーストを止められなかったことの贖罪とヨーロッパのユダヤ難民問題の解決を、まったく関係のないパレスチナ人に全て押し付けることを意味していた。
国連決議当初から、このような分割案は決してうまくいかないという批判があった。特に、このような案ではパレスチナ側の生存権が守られないとの指摘が根強かった。しかし、世界が冷戦体制に突入する中、アメリカとソ連はパレスチナ問題やユダヤ難民問題に深く関与している余裕はなく、結果的にすべての負担をパレスチナに押し付けることで、無理矢理この問題の解決を図ってしまった。
国連安保理は3月22日、アメリカが提案したパレスチナ自治区ガザの即時停戦を呼びかける決議案を中国、ロシアの拒否権によって否決した。結局、イスラエルの軍事行動はまだ止まらないということだ。そして、ガザの市民の犠牲はこの先も増え続けることになる。
「われわれに何ができるか」との問いに、岡氏は「できることは何でもしなければならない」と答えた。罪のない人命が失われていることを知りながら、これを黙って見ていることは、われわれが何よりも大切にしなければならない人権という価値観を自らの手で日々、破壊していることになる。
まずはガザで今何が起きているのかを知り、そのような惨劇が起きている歴史的な背景を知った上で、日本が、そしてわれわれ一人一人が何をすべきかなどについて、岡真理氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の吉見俊哉が議論した。
前半はこちら→so43565911
(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調「悲愴」 Op.74
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1948年11月4~8日、ウィーン、ムジークフェラインザール
政治・経済、財政など世の中の出鱈目・嘘を斬る⑤
イエスの嘆き
忌わしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。
「ゲヘナの子」がイエスが預言していた、後、
シオニストとなるアシュケナジーユダヤ人な訳です。
パリサイ人とは本当のユダヤ人ではあるが、
偽善の律法学者でイエスを磔刑に追いやった連中です。
現在のエルサレムは古代の「エルサレムの娘」と呼ばれていた所。
なぜか?
歴史は勝者によって書き換えられる。・
ヒトラー率いるナチスがユダヤ人を600万人ガス室で殺害したという嘘をでっちあげ、
世界の同情をひいて、虐待されたとするユダヤ人を率いて1948年に
パレスチナにイスラエルを建国する。
ユダヤの歴史・・・
3大宗教の聖地エルサレム
現在のイスラエルにおけるスファラディー
(聖書中の血統ユダヤ人=本当のユダヤ人)は二級市民。なぜ?
#パリサイ人 #ユダヤ人 #エルサレム #エルサレムの娘
#ヒトラー #ナチス #パレスチナ #スファラディー
ブラームス:交響曲第4番ホ短調 Op.98
指揮:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
演奏:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1948年10月24日、ベルリン、ティタニア・パラスト
ブラームス:交響曲第2番ニ長調 Op.73
指揮:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
演奏:ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
1948年3月22日、23日、25日、ロンドン、キングズウェイ・ホール
ジネット・ヌヴーのブラームス "ヴァイオリン協奏曲" ハンブルク・ライブ
【ブラームス/ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品77】、ジネット・ヌヴー(Vn)、ハンス・シュミット・イッセルシュテット指揮、北ドイツ放送交響楽団、1948年5月、ハンブルク・ムジークハレ【曲目】第1楽章 Allegro non troppo、第2楽章 Adagio(#22:21~)、第3楽章 Allegro giocoso,ma non troppo vivace - Poco piu presto(#32:06~)